藤原京から吉野へ。持統天皇行幸の道をたどる

文=中田紀子

(なかた のりこ)紀行ライター。古代の歴史を骨子に、古道や寺社などの紀行文を多数執筆。著書に「奈良大和の峠物語」(東方出版)、「百職百人京の匠」(淡交社)などがある。

光と影の交錯した古代大和。建造物の大部分は、地面の下に埋まっている。が、「記紀」を通じて地の底から語りかけてくる言葉は生々しく、生気に満ちていて、心が躍る。
飛鳥を舞台に、波乱に満ちた生涯をおくった女性がいた。天智天皇の娘・鸕野讃良皇女(うののさららひめみこ)その人である。大海人皇子(天武天皇)の妃となり、のちに持統天皇となる。
持統は、夫・天武の亡きあとその遺志を継ぎ、行政機能も十分に整っていない時代に、自ら律令による国政を図り、わが国で初めての計画された都市・藤原京を造りあげたスーパーウーマンである。それも尋常でない、清濁をあわせのむ度量があった。この偉大な女帝を知るには、「持統天皇行幸(ぎょうこう)の道」をたどれば、そこここに女帝の軌跡が残っていることに気付く。

大和八木駅に程近い、南八木町を南北に通じる中街道(なかかいどう)に出る。古代の下ツ道(しもつみち)である。壬申(じんしん)の乱では、ここから数キロ北の箸墓(はしはか)付近で大海(おおあま)軍と近江軍との間で、雌雄を決した戦いがあった。発端は671年12月に遡る。天智天皇が崩御すると、夫の天武は近江朝と袂を分かち、吉野・宮滝に逃れた。翌年6月、天武は妻子を連れ宮滝から飛び立つように決起する。薄氷を踏むようにして始まった戦いは、大海軍の勝利を機に運気が高まる。わずか1ヶ月で近江朝を倒すと、天武は再び飛鳥に戻った。
江戸期の街道筋の面影が色濃く残る一画に道が交差した「札の辻」がある。東西に横切るのが横大路(よこおおじ)で、東海、北陸、山陽などの各地に政令を伝達する大道の拠点である。中街道を南へ、おふさ観音を過ぎれば藤原宮跡は近い。この都はわずか16年で廃都となり、人々の記憶から忘れ去られた。ところが、今や藤原京は耳成(みみなし)山、天香具(あまのかぐ)山、畝傍(うねび)山の三山をすっぽりと取り込み、平城京をしのぐ大きな都であったことが分かってきた。
天武が立案し、持統が実行した都の建設は、二人にとって逡巡することを許さないひっ迫した海外事情があったという。律令国家大和の威信を内外に示すための国の存亡を掛けた一大プロジェクトだった。

伝飛鳥板蓋宮

伝飛鳥板蓋宮

藤原京が完成したのち、持統が詠んだ歌「春過ぎて夏来るらし白栲(しろたえ)の衣乾したり天香久山」は、聖なる天香久山に神事に使った真っ白な衣が乾されている光景を見て、やがて訪れる時節の到来を推断されていたのか、ほっとされた気分で詠まれたのだろう。安堵感が滲み出ている。
持統が生まれた645年は、父・天智(中大兄皇子)が起こした大化の改新の年でもある。天智が中臣鎌足と組み、皇極天皇の目の前で蘇我入鹿を亡き者にした伝飛鳥板蓋宮跡(でんあすかいたぶきのみやあと)は、四角く、階段状に石が敷き詰められている。周囲には芝地が広がり、遠い日の惨劇を想像するには余りにもあっけらかんとしていた。
持統と天武が膝を突き合わせ将来を話し合った飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)も、この同じ場所にあったという。入鹿の首塚も飛鳥寺も、指呼の間。中国大陸や朝鮮半島が戦乱に明け暮れる中にあって、日本が国家を形成しようと必死にあがいていた頃の原点がここにある。

宮滝遺跡

宮滝遺跡

天武亡きあとの持統は、自らの政権を維持する間、ことあるごとに飛鳥から南へ一山越えた吉野の宮滝に31回も通っている。季節を問わず行われた宮滝への行幸は、輿(こし)で飛鳥川をさかのぼり、標高500メートルの芋峠を越えたと思われる。水量豊で風光明媚な吉野川沿いの宮滝にある吉野宮は斉明天皇が造営、持統が増築した。霊山・青根ヶ峰が見通せる宮は、壬申の乱の直前に天武と雌伏した場所でもある。この宮で天武は六人の息子を招集し「吉野盟会(めいかい)」を行っている。その後持統が、我が子草壁を天皇にするため遠謀深慮の腕前を発揮したのか、後継者争いの強敵である大津皇子と高市皇子を封じ込めることに成功する。
持統が吉野に出向いたのは、問題が起きたときか、起こそうとしたときが多い。心の動揺を鎮めるためか、吉野行きは持統にとって必要不可欠なことであった。天武の温もりが恋しかったのか、力を借りたかったのか。ただ、孫の軽皇子(文武天皇)への譲位後四年間はぴたりと止まっている。その後、死の前年に最後の吉野行きをするが、この時はひとりの未亡人として亡夫を偲ぶ安らかな旅であったといえよう。

※この紀行文は2009年11月取材時に執筆したものです。諸般の事情で現在とはルート、スポットの様子が異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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