「文化村クリエイション」は、先進的な取り組みを行うアーティストを招聘し、リサーチ、制作、作品発表を行うプログラムです。それぞれのアーティストが充実した創作に向かえるようスタッフがコーディネートし、この地でよい作品が生まれるよう取り組んでいます。
プログラム3人目のアーティストとして招聘したのは、現代美術家の西條茜さんです。本展では、今年2月初旬から天理に滞在してリサーチ・創作した作品を展示します。
西條さんはこれまで、陶を主な素材として作品を制作してきました。京都を拠点に活動する傍ら、国内外各地に滞在し、土地ごとの歴史や物語から着想を得て制作することも行ってきました。
今回モチーフとしたのは「鹿」です。西條さんはこれまでも創作の中で、人と人や、人と物など、様々な境界に着目しており、奈良における鹿は、人と自然の境界を往来する存在なのでは、と考えたそうです。リサーチは、様々な立場から鹿と関わる方々にお話を伺うなど、鹿の多様な側面を追っていくことを軸に進みました。
鹿は奈良のアイコンにもなっていますが、それは鹿を神様の使い「神鹿」として大切にする春日大社が由来です。一方、農業においては農作物を荒らす害獣としても認識されており、日々彼らの動きに応じて柵や罠を仕掛けるなど、無言のやり取りがあります。他にも、ジビエの食肉としての鹿や、革の加工など、異なる立場や仕事に触れました。
本展ではリサーチを基に制作した新作を展示します。会場は、なら歴史芸術文化村の他に、地元の方にお借りした納屋を合わせた2ヶ所で行います。文化村では、鹿革を縫い合わせた大きな暖簾を山で撮影した映像作品を上映。納屋では、焼き物の作品群を展示しています。鹿というひとつのモチーフを介して西條さんがみた多様な眼差しや境界への認識がどのように作品として現れているのか、また文化村から納屋への道のりも楽しみにいらしてください。
<アーティストステートメント>
普段見えていない向こう側がふいに見える瞬間、向こう側にいたと思っていたものが実はこちら側にいたことに気づいた時。今回、滞在制作の起点となった清水風遺跡(天理市)で発掘された弥生土器には「大きな鹿と武器を構える人間」の様子が描かれており、そこには自然と人の間にある一定の距離感が見て取れます。ここ文化村周辺の自然豊かで美しい田園風景も、夜になると一転暗闇で真っ黒な山々がこの真新しい施設の背後に現れます。私が3ヶ月程この地に滞在する中で度々感じていたのは、自然(もしくは異世界)と人の境界線は常に動き続けているということでした。奈良県は春日大社で野生の鹿が神鹿として敬われてきた歴史がある一方で、山間部では害獣として捕獲した鹿を食してきた地域もあり、東北部に位置する菟田野では古くから薬として鹿茸狩りが行われたり鹿革の加工も盛んに行われてきました。今回こういった場所へ実際にリサーチに赴き、境界線が揺らぐ瞬間とは、差異が生み出すものとは、といったことを考えながら作品を作り上げていきました。
今回もう一つの会場として文化村以外に、近くの納屋を地元の方にお借りして作品を展示しています。ぜひ納屋までの道のりを楽しみながら、里から山へと移っていく緩やかな境界線も見つけてみてください。
西條茜
西條茜 《Skin》2023, ビデオ, 撮影:松見拓也
西條茜 《Mother's organs》 2023, 陶