ぬるべの郷「曽爾」爽快トレッキング・絶景の山里に伝説をめぐる

  • ぬるべの郷「曽爾」爽快トレッキング・絶景の山里に伝説をめぐる
  • 屏風岩、兜岩、鎧岩…。大自然が作り出した芸術的な絶景が間近にせまり、手軽に雄大な自然を満喫できる曽爾高原。四季を通じてたくさんの家族連れやカップルで賑わいます。
    自然の魅力で人気の曽爾村ですが「ぬるべの郷」といわれる、知る人ぞ知るたくさんの物語や伝説を育んだ山里でもあります。車でも簡単にアクセスできる曽爾高原ですが、ぐるっと「ぬるべの郷」をひとめぐりして、伝説と昔話を訪ね歩く旅はいかがですか。今まで知らなかった「ふるさとの魅力」が見えてきます。

ぬるべの郷(ぬるべのさと)

ぬるべの郷(ぬるべのさと)

漆部郷(ぬるべのさと)の起源
「以呂波字類抄(いろはじるいしょう)」引くところの「本朝事始(ほんちょうことはじめ)」に、倭武皇子(やまとたけるのみこ)が、宇陀(うた)の阿貴(あき)山に猟に行った時、漆の木を見出し、漆の官を任じたという伝(つたえ)を記(の)せています。 
 
倭武皇子が、宇陀の阿貴山で狩猟をしていた時、大猪に矢を射たが、止めを刺すことができなかった。部下(てした)の1人がそれならばと、漆の木を折ってその汁を矢先に塗り込めて、再び射ると、見事に大猪を仕留めることができた。塗りの木汁で手が黒く染まった皇子は、部下の者に命じてその木汁を集めさせ、持っている品物に塗ると、黒い光沢を放って美しく染まった。 
そこで、その地を漆河原(うるしがわら)(現・大宇陀町嬉河原(うれしがわら))といい、漆の木が自生している宇陀郡(うたこおり)奥、曽爾の郷に「漆部造(ぬりべのみやつこ)」を置いた。 
 
これが、日本の「漆塗り」の始まりです。この塗部の人々が曽爾川沿いの一帯に住み、漆塗りの原汁を採集して、朝廷(奈良-平安朝)に奉りました。門僕神社前(かどのふさみやまえ)の漆部橋(ぬるべはし)を渡って山に入ると、漆部造の屋敷跡が残っています。

ぬるべの仙女(日本霊異記より)(ぬるべのせんにょ)

ぬるべの仙女(日本霊異記より)(ぬるべのせんにょ)

ぬるべの仙女とその塚
 
大字塩井にあり、漆部造磨の妾の塚だといいます。日本霊異記にそのいわれが伝えられます。
 
宇太郡漆部の里に風流の女があった。これは漆部の造磨の妾であった。天季風声の修行をなし、自ら塩、醤油をつくる。七子を生んだが極めて貧乏で、食物がなかった。着る物もなかったので藤を綴って身にまとうていた。毎日沐浴して身を潔めて藤のつるを着物としてまとひ、野山に出ては薬草をもとめて採集することを日課としていた。家に居ては家中を浄め、身心を修行し、盛んに何事かを唱え、七人の子供は、その間、端座して笑っていた。彼女の身心の気合術は天上の人のようであった。
 
孝徳天皇のころ、難波長柄の豊前宮(とよさきのみや)へこの風流の話が伝わったということです。
神と仙女が感応して、春の野薬をもって天にのぼる。仏法を修するが故にあらずして、風流を好む仙女が精進していること、あたかも仏家のお経をとなえるにひとしい。つまり俗家が心を端正にして庭を掃除し五功徳を得たものとうわさされたと日本霊異記は記しています。また一説に、ここを千畳敷ともいいます。

不退寺の桃(ふたいじのもも)

不退寺の桃(ふたいじのもも)

1本の木から3色の桃の花をつける珍しい桃です。「源平しだれ桃」という種類ですが、紅白2色の枝に、薄ピンクの枝を接ぎ木したものと聞いています。屏風岩公苑の桜の開花時期と同じということで、桜目当てに来たハイカーも思わず足を止めています。

済浄坊渓谷(さいじょうぼうけいこく)

済浄坊渓谷(さいじょうぼうけいこく)

清冽な滝とエメラルドグリーンの淵が連続し、大小の岩が渓谷美をかたちづくっています。春は新緑の緑、夏は豊富な水量が涼感を誘い、秋の紅葉、冬は氷瀑と様々な姿を見せます。
済浄坊の滝(高さ27メートル 幅6メートル)は昔、この滝に済浄坊という仏寺があって、修験者がこの滝で行水をして身を清め、水煙大不動明王の霊を仰いだと伝えられています。

延命地蔵(えんめいじぞう)

延命地蔵(えんめいじぞう)

杉の森の中に延命地蔵がおられます。高さ1メートル位の自然石で二つにわれています。仏像の姿は刻まれていません。眼病によく霊験があるといわれています。

長走りの滝(ながばしりのたき)

長走りの滝(ながばしりのたき)

井上喜曽の大蛇退治
大字今井に室生山(むろうやま)と曽爾山、屏風嶽(びょうぶだけ)の三山の水が落ち合って、伊賀の国に流れる椿井谷(つばいだに)があります。天平年間(1532~1554)のこと、この谷に恐ろしい大蛇が棲み、人々を害したはなしが伝わります。
 
長野の人に井上喜曽という武勇の誉れ高き者があり、横笛を吹いて大蛇を誘い寄せた。大蛇は谷底から飛沫を上げ、真赤な三枚の舌を出して、空中から挑みかかってきた。喜曽は強弓に矢をつがえ射ようとしたが、大口を割き、火焔(ほのお)を吐いて襲い来るその狂暴さに、さすがの喜曽もたまらず逃げ出した。大蛇はますます怒って、追いかけてきた。 一目散に逃げる途中、腰に差した鉈(なた)を川へ落とした処を「ナタ渕」、長く縦に走った処を「長走り(ながばしり)」、ようやく逃げのびた喜曽が、後ろを 振り返り様子を見た岩を「のぞき岩」と現在(いま)に言う。大蛇は、なおも追いかけてきた。もうこれまでと観念した喜曽は、最後の武勇を奮い立たせ、大地にどっしりと両足を踏ん張り、強弓を満月の如く引絞って、「南無八幡大苛菩薩、われに力を興え給え」と、心に念じ、ねらいを定めてヒョーッと矢を射れば大蛇の眉間に命中し、血飛沫を上げて塩井の山へ飛んだ。その時の激風で、身の危険を感じた喜曽も、同時に反対側へ飛んだので足型が残った。そこを小字「足形」という。
 
その後喜曽は、大蛇の首を討って塚を盛り、毎年暮れの大晦日には、一千巻(いっせんがん)の「般若心経」を唱えて、懇(ねんご)ろに世の末までも供養を怠らなかったといいます。

お亀池と大蛇伝説(おかめいけとだいじゃでんせつ)

お亀池と大蛇伝説(おかめいけとだいじゃでんせつ)お亀池と大蛇伝説(おかめいけとだいじゃでんせつ)お亀池と大蛇伝説(おかめいけとだいじゃでんせつ)

お亀池と大蛇伝説
お亀池は亀山中腹に位置し、地質学的にもはっきりとしないことから、特殊な浸食によってできたと考えられています。池に漂う票水は雨水と山からの伏流水によって蓄えられ、「平成の名水百選」にも選ばれた「曽爾高原湧水群」の源です。湿地特有の植物も数多く見られ、7月に咲くサギスゲの南限としても知られています。
周囲は900メートルあり、秋には池を灯籠で飾る「曽爾高原山灯り」も行われます。
また、この池には次のような伝説も残ります。
 
大字太良路という村の北に亀山がある。亀の形に似ているので亀山という。ここに池がある。これをお亀が池という。
むかしお亀という女が、伊勢の国の太良村から太良路村へお嫁に来た。十八才のみずみずしい美人であった。お亀は毎朝、家の裏にある井戸で水鏡をみて化粧した。この井戸は深く水は亀山の池から出て来ていた。しばらくすると、毎晩どこかへ出て行って朝になってから帰る。そして裏口に泥のついた草履がぬいであった。縁先にほしてあるぬれた草履をみて夫があやしむと、お亀が池へ子供が生まれるように水ごりをとりに行っているという。
夫婦の間に子供が生まれた。お亀は「私の用事は、すんだのでおひまを下さい」と実家へ帰った。ところが子供が夜泣きをするので、そのムコさんが子供をつれて乳をのましてもらいに出かけた。
「お亀よ、お亀よ」とよびながら池のあたりまで来ると、お亀はむかえに来てくれた。「もう明日から来て下さるな」とお亀は言った。そして実家の方へもどって行った。ところが翌晩も子供が泣いて仕方がないので、また子供をつれて池のあたりまで行った。すると、お亀が池の水がゆれて、池の中から嫁のお亀が姿をあらわした。「もう来るな、といったのに、何故来るか」と忽ち大蛇の姿に化けて大口をあいておそいかかって来た。ムコさんは子供をかかえて一目散に逃げた。今もその場所を字大口という。それから大蛇は真直ぐの姿勢で追うて来たので、そこを「タテホリ」と今もいっている。真直ぐになることを「タテ」とか「タツ」という方言がある。大蛇は疲れたのか休んだ。そこを字ビヨウソク(弊足)という。そこで大蛇は水を飲んだ。そこを字水ノミという。
命からがら逃げ帰ったムコさんは、それから重い病気にかかって死んだ。お亀池の主といわれる大蛇も野火から山火事になった時、焼けて死んだという。
 
もとはこの池は太良路池といっていましたが、このお亀の事件があってからお亀池というようになりました。このお亀池からスリヌカをほりこむと太良路のところへそのスリヌカが流れて来るといいます。この池底は沼で深さはいくらあるかわかりません。しかし水深は僅か1メートル前後しかありません。
この村ではお亀という名は、それからつけないようになりました。また最近になって若い男がこの池の鯉を釣って帰ったところ、病気になったので、池の主のたたりだといって返しに来たということがありました。

亀山峠(かめやまとうげ)

亀山峠(かめやまとうげ)

標高は810メートルです。
村を東西に横断する東海自然歩道の東の端で、ここから北へはニホンボソ山-倶留尊山へ上ることができます。
この峠から西を眺めるとススキの大草原「曽爾高原」を一望することができます。また、国の天然記念物である屏風岩・兜岳・鎧岳に沈む夕日を見ることもできます。

曽爾高原温泉 お亀の湯(そにこうげんおんせん おかめのゆ)

近年“隠れた名湯”として評判の「曽爾高原温泉 お亀の湯」。
一部源泉掛け流しで、泉質はナトリウム-炭酸水素塩温泉(低張性・アルカリ性・高温泉)で、神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩…など効能は数知れずです。特にお肌が‘しっとり’なることから「美人の湯」とも云われ、女性にも大人気。
露天風呂は男女週替わり制の「木の浴室」、「石の浴室」の2つがあります。泉温/46.3℃ ph値/8.6。

白いカラス(しろいからす)

大字小長尾は細長い村落であるから小長尾といいます。昔、どこからか白いカラスが飛んできて小長尾の森に来てとまったので、そこに天神様をまつったということです。それが今の天神社の起こりです。