青き山々に抱かれた国・古代風景と磯城の古墳を訪ねて

  • 青き山々に抱かれた国・古代風景と磯城の古墳を訪ねて
  • 磯城郡は、奈良盆地の〝へそ〟に位置し、弥生時代から古墳時代の史跡・名所が多数点在します。唐古・鍵遺跡、聖徳太子ゆかりの太子道、大和王権の直轄地「屯倉(みやけ)」を管理していた集団を葬った古墳群、中世に慈善活動をした僧忍性の生誕の地、観世流発祥の地など、知る人ぞ知る見どころがいっぱいです。
    何気ない田園風景のなかにとけ込んでしまうような小さな古墳をひとつひとつめぐり歩きながら、歴史ロマンあふれる「磯城の里」の魅力をみつけに出かけましょう!

鏡作神社(鏡作坐天照御魂神社)(かがみつくりにいますあまてるみたまじんじゃ)

鏡作神社(鏡作坐天照御魂神社)(かがみつくりにいますあまてるみたまじんじゃ)

天照国照日子火明命・石凝姥命・天児屋根命を祭神とする延喜式内社で、古来から鏡鋳造の神として信仰されました。
この地は「倭名抄」にその名がある古代の鏡作集団がいたとされる鏡作郷に比定され、神社の神宝として「三神二獣鏡」が伝えられています。これは三角縁神獣鏡の外区が欠落したものと考えられます。
毎年2月下旬の御田植祭では、お田植え舞、豊年舞、牛使いが行われ、近隣の氏子でにぎわいます。
末社には、鏡作伊多神社(宮古・保津)、鏡作坐若宮神社(八尾)、鏡作麻気神社(小阪)などがあります。

笹鉾山古墳群(ささほこやまこふんぐん)

笹鉾山古墳群(ささほこやまこふんぐん)

6世紀の古墳群で、1基の前方後円墳(1号墳)と5基の円墳が検出されました。1号墳は、全長88メートルの二重周濠をもつ6世紀前半の古墳で、墳頂には稲荷神社が祀られ前方部に向かって参道が伸びています。
1号墳の北側28メートルに直径19.5平方メートルの円墳(2号墳)があり、周濠からはほぼ完全に復元できる「馬と馬曳きの埴輪』が出土しています。このほか、蓋型埴輪・円筒埴輪・朝顔型埴輪・笠型木製品などが出土しており、一部は唐古・鍵考古学ミュージアムに展示されています。

黒田大塚古墳(くろだおおつかこふん)

黒田大塚古墳(くろだおおつかこふん)

島の山古墳を含む三宅古墳群の南端に位置し、奈良盆地平坦部では墳丘を残す数少ない古墳で、県の史跡に指定されています。6世紀の前方後円墳で、周濠まで含めた本来の全長は86メートルであるとみられますが、後に周濠は埋め立てられ、墳丘の周囲が削り取られています。5次に及ぶ周濠部の発掘調査で埴輪や蓋型木製品が出土しています。出土品の一部は、唐古・鍵考古学ミュージアムに展示されています。
また、地元では孝霊天皇の殯陵と伝えられています。

三宅古墳群(みやけこふんぐん)

寺の前古墳(三宅町屏風)茄子塚古墳(三宅町屏風)

五世紀後半、この三宅の地に小型の前方後円墳が多く築造されました。盆地の中央の低湿地に古墳群が存在するのは非常に珍しく、価値ある古墳群でしたが、噴丘そのものの調査もなく、その内容は全くといってよいほどわかっていません。
この古墳群誕生の端緒になったと考えられる川西町の島の山古墳を北端として、南は黒田大塚古墳、東は石見の玉子遺跡までの間には多くの前方後円墳や噴丘が見られます。特に小型の前方後円墳が多く目につきますが、現存している噴丘の多くは削平されて水田になり、その面影はなくなりつつあります。また、完全に削平され消滅したものであっても、古墳があった証拠として水田の畦道が曲線を描いており、前方後円墳の名残りをとどめています。
古墳築造当時、大和朝廷が地方の豪族に命じ、但馬、石見、三河の国から使役として人を集め、この低湿地に排水工事やかんがい用水路を作り、稲作を奨励し、盛土に小型前方後円墳を築き、その周りに濠を掘り、稲作の用水確保としたのではないかと考えられます。
前方後円墳は王家の墓とも言われており、小型前方後円墳は王家一族の墓であり、この古墳群の中に「オオツカ」や「テンノウヅカ」の名を残すのも、その証でしょうか。

高山古墳(三宅町伴堂・屏風飛地)瓢箪山古墳(三宅町伴堂)アンノ山古墳(三宅町伴堂)芝ぞえの古墳(三宅町伴堂坊主山古墳(三宅町石見)天王塚(三宅町但馬)

島の山古墳(しまのやまこふん)

島の山古墳(しまのやまこふん)

全長200メートル、盾形周濠(南北265メートル、東西175メートル)をもつ全国33位、奈良県下19番目の規模の前方後円墳です。築造時期は4世紀末~5世紀初で、この時期の古墳としては最大の規模を誇ります。後円部は盗掘がなされており、その際に散逸したと思われる遺物は、一部アメリカの博物館にも展示されています。
平成8年(1996)に行われた前方部にある埋葬施設(粘土槨)の全面調査では、棺外遺物として133点の石製腕飾類、棺内遺物として鏡、石製合子、首飾り、腕輪等が出土しました。これらの出土品は現在、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館に展示されています。
また平成17年度に行われた島の山古墳第10次調査において、植物製の籠が出土しました。

唐古・鍵考古学ミュージアム(からこ・かぎこうこがくみゅーじあむ)

唐古・鍵考古学ミュージアム(からこ・かぎこうこがくみゅーじあむ)

平成16年11月24日、田原本青垣生涯学習センター内にオープンし、これまでに田原本町で出土した膨大な資料の一部を展示しています。
展示室は3室に分かれ、唐古・鍵ムラの環濠をイメージしてレイアウトされた第1室・第2室は、唐古・鍵遺跡の出土品を中心に展示しており、第1室には環濠外部の世界が、第2室には環濠内の世界が展開されています。第3室では、田原本の約1万年にわたる歴史を考古資料を通じて概観します。特に古墳時代の埴輪には優品が多く、重要文化財に指定された「牛形埴輪」は目を引きます。