藤原京から平城京へとつづく古代の幹道・下ツ道

  • 藤原京から平城京へとつづく古代の幹道・下ツ道
  • 下ツ道は、上ツ道・中ツ道と並んで古代大和盆地を南北に縦貫するようにつくられた幹線道路の一つです。そのつくられた時期は、明らかにはなっていませんが、「日本書紀」に「上・中・下ツ道」のそれぞれの名が記されています。
    また、奈良盆地全域に条里制がおかれた際にも縦の基準線となり、現代の行政界や大字界に大きく影響しました。

丸山古墳(まるやまこふん)

丸山古墳(まるやまこふん)

丸山古墳は県下最大の前方後円墳で、6世紀後半に築かれた古墳と考えられています。
この古墳はあまりにも大きいため、円墳と考えられていたので、五条野丸山古墳と呼ばれていました。この名で親しまれていたため、前方後円墳であるにもかかわらず今も丸山古墳と呼ばれています。
被葬者は欽明天皇や蘇我稲目などが候補としてあげられています。
また、下ツ道がこの古墳の前から延びている為、深く関係があると考えられています。

本薬師寺跡(もとやくしじあと)

本薬師寺跡(もとやくしじあと)本薬師寺跡(もとやくしじあと)

西ノ京の薬師寺の前身にあたる寺の跡。
天武天皇が皇后(持統天皇)の病気回復を祈願して、680年に建立に着手。完成しないうちに天武天皇が崩御されたので、持統天皇がその遺志を継いで完成させました。寺院は薬師寺式伽藍配置の典型で、東西両塔及び金堂の跡が顕著に現存しています。
また、本薬師寺跡周辺の休耕田を利用してホテイアオイが栽培されており、8月中旬~9月にかけ見頃を迎え多くの人を楽しませています。

藤原宮跡(ふじわらきゅうせき)

藤原宮跡(ふじわらきゅうせき)

藤原京は、中国の都城制を模してつくられた日本初の本格的な宮都でした。
宮内の様子は、宮殿建築に日本で初めて瓦がふかれました。また、憲法の基である大宝律令が制定されたのも藤原京の時代です。
京内の様子は、南北に走る朱雀大路、中ツ道、下ツ道と東西に走る横大路、安倍山田道と大きな幹線道路が整備されていました。

橿原市藤原京資料室(かしはらしふじわらきょうしりょうしつ)

橿原市藤原京資料室(かしはらしふじわらきょうしりょうしつ)

本資料室は、世界遺産登録(※)を目指している「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」の構成資産である「特別史跡藤原宮跡」をより理解頂くことを目的に開室しています。
展示物は、藤原京の1000分の1模型(約6メートル×7メートル)や、柱・瓦の出土品、解説パネル、古代衣装を着たマネキン等、また、コンピュータグラフィックスにより作成したビデオ上映を行っており、雑誌等にも紹介されています。藤原京の築造や遷都などがわかる展示内容にしていますので、興味をお持ちの方は、「入場無料」ですので是非いらして下さい。
※「飛鳥・藤原の宮都とその関連遺産群」は、平成19年1月30日にユネスコ世界遺産暫定リストに登録されています。

下ツ道 碑(しもつみち ひ)

下ツ道 碑(しもつみち ひ)

白い石の台座の上に高さ90センチメートルの石で造られた「下ツ道 跡」の碑です。平成20年7月にかしはら万葉ホール(小房町)の南側にある公園内に設置されました。

八木札の辻(やぎふだのつじ)

八木札の辻(やぎふだのつじ)

八木札の辻は、東西に通る古道「横大路」と藤原京と平城京の朱雀大路を結ぶ南北の主要な古道「下ツ道」とが交差する所です。江戸時代に高札の架かる場所となり「札の辻」と呼ばれ、商業の中心となりました。今も八木札の辻周辺では、江戸時代の歴史的町並みと灯篭などの当時の面影が残されています。

多神社(多坐弥志理都比古神社)(おおじんじゃ/おおにいますみしりつひこじんじゃ)

弘仁寺(こうにんじ)多神社(多坐弥志理都比古神社)(おおじんじゃ/おおにいますみしりつひこじんじゃ)

多神社は、多に所在する延喜式内大社です。神社の祭神は神武天皇・神八井耳命・神淳名川耳命(綏靖天皇)・姫御神(玉依姫)の四柱で、このうち神八井耳命は多氏の祖とされています。
多神社本殿は、県指定文化財であり、東西に1間社が並ぶ四殿配置の形式をとっています。四社とも南面した一間社春日造で、第一・二殿が1735年、第三・四殿が18世紀中頃の建造です。
当本殿は、昭和52年に檜皮葺から銅板葺に改められた以外は当初形式をよく残しています。

秦楽寺(じんらくじ)

秦楽寺(じんらくじ)

真言律宗。秦河勝の建立と伝えられています。本尊の千手観音像は百済王から大化3年(647)に賜ったものとされますが、現在のものは平安時代の作です。脇侍は秦河勝と聖徳太子であるといいます。
本堂は形状が護摩堂そのものであり、転用されたものと考えられます。また、本堂前面にある「阿字池」は、弘法大師の築造と伝えられ、7~8月にかけて美しいハスの花が咲きます(要問い合せ)。

楽田寺(らくでんじ)

楽田寺(らくでんじ)

県指定文化財の絹本著色善女竜王図(室町時代)が所蔵されています。竜王が雷神・雨神を伴い、上方には十一面観音像、下方には弘法大師坐像を配する構図です。寺号の雨宝竜王院が示すように、善女竜王図は雨乞い祈願に用いられました。
楽田寺は、天平年間の創建と伝えられていますが、定かではありません。元は真言宗でしたが江戸時代に融通念仏宗に改宗しています。現在は無住となっています。

唐古・鍵考古学ミュージアム(からこ・かぎこうこがくみゅーじあむ)

唐古・鍵考古学ミュージアム(からこ・かぎこうこがくみゅーじあむ)

青垣生涯学習センター内にあります。唐古・鍵遺跡をはじめ、町内の各遺跡から出土した土器や石器等を展示しています。
開館時間:9:00~17:00 入館16:30まで
休館日 :月曜日 年末年始
観覧料 :大人 200(150)円
     高校・大学生 100(50)円
     15歳以下 無料
     ※()は20名以上の団体料金

鏡作神社(かがみつくりじんじゃ)

鏡作神社(かがみつくりじんじゃ)

延喜式内大社で、「和名抄」鏡作郷に鎮座しています。祭神は天照国日子火明命、石凝姥命、天児屋根命で、古来から鏡鋳造の神として信仰されました。
神社の本殿は、桁行7.55メートル、梁行1.64メートルで、東面した5間社流造です。社宝として三神二獣鏡が伝えられますが、これは三角縁神獣鏡の外区が欠落したものです。
毎年2月下旬に御田植祭が行われます。お田植舞、豊年舞、牛使いが行われ、近隣の氏子でにぎわいます。牛使いが乱暴にすると慈雨に恵まれるといいます。

安養寺(あんようじ)

安養寺(あんようじ)安養寺(あんようじ)

寛永10年(1633)、源蓮社宝誉上人の開山と伝えられています。
国指定文化財の木造阿弥陀如来立像(鎌倉時代)が、安置されています。拝観希望の場合は事前に寺まで連絡が必要です。
拝観連絡先 TEL 0744(33)0753

稗田町売太神社/稗田環濠集落(ひえだちょうめたじんじゃ/ひえだかんごうしゅうらく)

稗田町売太神社/稗田環濠集落(ひえだちょうめたじんじゃ/ひえだかんごうしゅうらく)

稗田は、「古事記」の編集者の一人として有名な稗田阿礼の出身地で、古代神楽舞などに供奉した猿姫の居住地と伝えられています。現在も古い習慣や行事(阿礼祭)などが残っており、稗田町売太神社は、村の周囲に壕をめぐらして外敵を防いだ中世の遺構で、ほぼ完全な形で残されている稗田環濠集落の中に位置しています。

箱本十三町(町並みの雰囲気)(はこもとじゅうさんちょう)箱本館「紺屋」(はこもとかん「こんや」)

箱本十三町(町並みの雰囲気)(はこもとじゅうさんちょう)箱本館「紺屋」(はこもとかん「こんや」)

豊臣秀長により職人や町人の職業の種別より町を区分し、十三町の職人別に区切られたまちづくりが進められ、今もなお、魚町や藺町や大工町など町名にその名残りが残されています。漆喰の壁と格子戸の町家などまちの隅々に城下町の風情、情緒、面影を今に伝えています。
箱本十三町の1つとして栄えた紺屋町には、今もなお、藍染めをしていた水路が残っており、そこに現存する町家を修復して、藍染めの道具や金魚コレクションなどを展示し、藍染めの体験ができます

郡山城(豊臣秀長/大門・石垣-逆さ地蔵、羅城門の礎石)(こおりやまじょう)

郡山城(豊臣秀長/大門・石垣-逆さ地蔵、羅城門の礎石)(こおりやまじょう)

天正13年(1585年)に、全国平定を成し遂げた豊臣秀吉の弟・秀長が、郡山城に入り、紀伊・和泉・大和の三カ国の百万石を治めることとなりました。そこで、紀州のお寺(根来寺)から大門を移築したり、周辺の寺社仏閣の墓石や仏像を用いて城郭の大改修に力を注いだようで、今もなお、お城の石垣には、当時に用いられたお地蔵さんや羅城門の礎石が現存し、たくさんの人が見学に来られています。

羅城門跡(らじょうもんあと)

羅城門跡(らじょうもんあと)

平城京朱雀大路の南端(現在の来世橋付近)に位置していたとされる京内最大の門。
平城京の表玄関として新羅や唐からの外国使節を迎える場合に重要な役割を担っていたとされ、門の本体は、佐保川の河川敷下にあります。

薬師寺(やくしじ)

薬師寺(やくしじ)

金堂、講堂などを中心に東塔・西塔を配する構成は独特のもので、薬師寺式伽藍配置と呼ばれています。
東塔は奈良時代の創建のままの姿を残し、フェノロサに「凍れる音楽」と評され、西ノ京のシンボルともいわれる優美な姿です。
各層に裳階(もこし)のついた三重塔は一見すると六重塔にも見えます。

唐招提寺(とうしょうだいじ)

唐招提寺(とうしょうだいじ)

聖武天皇の招きに応じて、苦難の末、日本に着いた唐の高僧・鑑真和上により天平宝宇3年(759)に創建されました。
金堂には「天平の甍」と称される鴟尾が載り、宝蔵などが並ぶ境内は創建当時の姿をよくとどめています。その配置の構成美は、天平時代の気宇も大きさを今に伝えています。

平城宮跡(へいじょうきゅうせき)

平城宮跡(へいじょうきゅうせき)

奈良の都・平城京の中枢部。国家の政治や儀式をする大極殿や朝堂院、天皇が日常生活を送る内裏、饗宴を催す庭園などいろいろな役所がありました。
朱雀門・第一次大極殿は復元され、平成22年には平城遷都1300年祭の会場として賑わいました。
平城宮跡資料館には宮跡内で出土した土器、木簡などを展示、遺構展示館には、発掘したままの状態で遺構を保存しています。

平城京歴史館(へいじょうきょうれきしかん)

平城京歴史館(へいじょうきょうれきしかん)

中国大陸・朝鮮半島をはじめ大陸との交流により発展した日本の国づくりや往時の文化・くらしに焦点をあて、「遣唐使」が結んだ東アジア交流の歴史を遣唐使船の復元展示やスクリーン等で紹介しています。
(1)平城京VRシアター
外国使節団が見た平城京をコンセプトに、往時の壮麗・壮大な都の姿や鮮やかな文化を最先端のVR技術により再現します。
(2)遣唐使シアター
アニメーションなどを駆使して、遣唐使の歴史や渡航の様子をドラマチックに再現します。
(3)テーマ展示
中国大陸、朝鮮半島をはじめ大陸との交流により発展したわが国の国づくりの歴史や往時の文化・暮らしに焦点を当てたテーマ展示。ストーリー仕立ての映像展示などで、わかりやすく解説しています。
開館時間 9:00~最終入館16:00(月曜休館)
入館料金 一般     500円(400円)
     高校・大学生 250円(200円)
     小・中学生  200円(150円)
     ※( )書き:団体料金(20名以上)