剣豪たちの歩いた柳生みち

ルート概要

江戸時代には奈良町と柳生藩(やぎゅう)の置かれた柳生陣屋をつなぐ街道として活躍した柳生みち。かつてこの道を歩いた剣豪たちの面影も所々に残る。
奈良交通忍辱山(にんにくせん)バス停から先、柳生への道は山間を下り、国道と少し離れて田や畑の間を歩く。大柳生集落の手前、田の中にこんもりと繁った森は夜支布山口神社(やぎゅうやまぐちじんじゃ)だ。境内にある巨大な石が元々の御神体とされている。その後、南出集落辺りは柳生宗矩(むねのり)の側室となった村娘・お藤の逸話の残るおふじ井戸、近くには南明寺(なんみょうじ)がある。その後、山道に入って峠を越える。疱瘡(ほうそう)地蔵や六体地蔵などの石仏を見ながらしばらく歩くと、柳生の里にたどり着く。
山間の小さな集落には、石垣が見事な旧柳生藩家老屋敷や柳生家の菩提寺・芳徳寺(ほうとくじ)などの見所がある。昔からの土産物屋や食堂なども並んでおり、バスまでの時間をぶらぶらと歩くのも楽しい。

作家が歩いた道
スタート:近鉄奈良駅>円成寺>夜支布山口神社>旧柳生藩家老屋敷>芳徳寺>笠置寺>ゴール:JR関西本線 笠置駅

スポット紹介

円成寺(えんじょうじ)

円成寺(えんじょうじ)天平勝宝8年(756)、聖武・孝謙天皇の勅願によって、鑑真和上と来日した虚瀧(ころう)和上が開山したと伝わる。庭園は浄土式と舟遊式を兼ねた平安末期の典型的な様式。本尊の阿弥陀如来は藤原時代中期の作で重要文化財。多宝塔に安置されている大日如来は鎌倉時代の名仏師・運慶が20歳頃の作といわれ、国宝に指定されている。また、本堂の左側に建つ社の春日堂と白山堂は日本最古の春日造として知られ、こちらも国宝。
【住】奈良市忍辱山町1273
【電】0742-93-0353
【時】9:00~17:00
【休】年中無休
【¥】大人400円

夜支布山口神社(やぎゅうやまぐちじんじゃ)

夜支布山口神社(やぎゅうやまぐちじんじゃ)平安時代中期に編纂された格式・延喜式の古社で大柳生の氏神。素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祭神とするが、大山祗神(おおやまづみのかみ)という説もある。境内にある摂社立磐(たていわ)神社は巨石をご神体として、古くからこの地の信仰を集めてきたが、山口神社がこの地へ移ってから摂社となった。こちらの祭神は天手力男命(あめのたぢからおのみこと)。
【住】奈良市大柳生町3089
【電】0742-22-3900(奈良市観光センター)
【時・休】境内自由

旧柳生藩家老屋敷

旧柳生藩家老屋敷家老小山田主鈴(おやまだしゅれい)の屋敷跡。小山田主鈴は、大阪・堂島の米相場で巨利を得て、藩の財政危機を救った人物でもあり、一流の茶人としても知られる。屋敷は嘉永元年(1848)に建てられたもので、現在は門、母屋、庭園などが残る。現在は奈良市に寄贈されて資料館になっており、柳生藩士の生活を彷彿とさせる資料も展示されていて興味深い。
【住】奈良市柳生町155-1 
【電】0742-94-0002
【時】9:00~17:00(16:30最終受付)
【休】12月27日~1月4日休
【¥】大人350円

芳徳寺

芳徳寺徳川将軍家の剣術師範で柳生藩初代藩主の柳生宗矩(やぎゅうむねのり)が亡父・石舟斎(せきしゅうさい)を供養するために創建した寺院。柳生家の菩提寺ではあるが、京都を睨み、軍事上の要衝にある柳生の居城としての性格を持っていたといわれる。本堂には宗矩の木像が安置され、柳生新陰流の袋竹刀や、宗矩の長男・十兵衛の秘伝書「月の抄」などが展示される。
【住】奈良市柳生下町445
【電】0742-94-0204
【時】9:00~17:00(4月~10月)、9:00~16:00(11月~3月)
【休】なし
【¥】大人200円

笠置寺(かさぎてら)

笠置寺(かさぎてら)柳生街道終着点・笠置寺の創建は諸説あって定かではないが、笠置寺縁起には白鳳11年(682)、大海人皇子(天武天皇)の創建と書かれている。本尊は巨石に刻まれた弥勒仏だが、元弘の兵火で焼かれて光背だけが残された。平安時代より弥勒信仰の地とされてきた。境内には奇岩怪石や元弘の乱を免れた伝・虚空蔵菩薩磨崖仏、後醍醐天皇行在所跡などがある。
【住】京都府相楽郡笠置町笠置山29
【電】0743-95-2848
【時】8:00~17:00
【休】なし
【¥】大人300円