葛城山東麓を縦走する葛城古道に、古代豪族のロマンを感じて

文=中島史子

(なかじま ふみこ)奈良在住の紀行作家。著書に『奈良花の名所12ヵ月』(山と溪谷社)、『大和の古寺の女たち』(かもがわ出版)などがある。

大和と河内を隔てる金剛(こんごう)・葛城(かつらぎ)の連山は古代から神々が鎮座する場所として畏れ、崇められてきた。葛城の名は日本書紀・神武天皇の巻に、土賊を葛の蔓で作った綱で覆い捕えたことが起源。太古の歴史がここには集積する。南の峰を金剛山、北を葛城山と呼び、山麓一帯は大和朝廷よりはるか以前に栄えていた鴨氏や葛城氏の故地で、神さびた古社が点在する。その山裾に沿って南北に続く道が葛城古道。歩いていくと高鴨神社、鴨都波(かもつは)神社、鴨山口神社など「鴨」の名を持つものと葛城坐言主(かつらぎにいますひとことぬし)神社、葛城水分(みくまり)神社、葛木坐火雷(かつらぎにいますほのいかずち)神社(笛吹神社)など「葛城」の名のつくものが目につく。古代豪族の栄華は千数百年の時を経てもなお伝え継がれる。その深さこそが古道の魅力なのだろう。

トトロが出てきても不思議ではないほど、おっとりとした風景の中にあるバス停「風の森」。旧高野街道にある風の森峠の近くで、金剛山麓を南西に吹き抜ける風が強いことから名付けられたという。近くには吹く風が平穏であることを祈って建てられた志那津彦(しなつひこ)神社がある。祭神はもちろん風の神。ここから国道を渡り、屏風のように聳(そび)える神の山を見ながら坂を登っていくと高鴨神社が見えてくる。古代の豪族として栄えたといわれる鴨氏の氏神で、全国の賀茂や加茂など「カモ」のつく神社の総社である。境内に入ると石段の上に社殿が見える。天文12年(1543)に建立された国の重要文化財指定という桧皮葺の社殿は小規模ながらいかにも古社ならではの風格が漂う。ここでは勾玉の誕生お守りが授与される。申し込めば誕生日にメノウ、ヒスイ、ローズクォーツなどでできたお守りが送られてくる。このお守りはペアになっていて、一つは自分に届くが、もう一つは神社に納められ、祈祷される。どんなに遠くても神社と繋がっているようで嬉しい。また、この神社はニホンサクラソウでも知られる。境内に収集された2000鉢もの花は桜が散り果てた頃に咲き、爽やかな華やぎに満ちる。

九品寺の千体仏

九品寺の千体仏

のどかな田園風景の中を北へと歩くとやがて杉林の登り道。ひたすら足を運ぶと木立の奥に高天彦(たかまひこ)神社が見えてくる。天孫降臨の地「高天原」だ。創建の年代が明らかではない、というほどの古社で奈良時代の宝亀10年(779)の記録にはすでにその名が記されているという。境内は老杉で囲まれ、古びた拝殿が神秘的。神社の前には伝説の鴬宿梅(おうしゅくばい)がある。昔高天寺で修行していた僧が若くして亡くなり、梅の木の傍で嘆いていた師に鶯が来て「初春のあした毎には来れども あはでぞかへるもとのすみかに」と鳴いた。以後、この梅の木は鴬宿梅と呼ばれる。どんな伝説もここでは信じられるから不思議。
林の中の下り道を行くと橋本院。寺伝によると天平勝宝7年(755)に行基が創建、火災で焼失した後は鑑真和上が再興したという古刹。こぢんまりとした寺はいつ訪れても何かの花が咲いている。春は桜や花菖蒲、夏にはヒマワリや蓮が夢のように咲き、秋になるとホトトギスやコウヤボウキなどがひそやかな姿を見せる。橋本院の境内を抜けて行くとやがて極楽寺の門に着く。門の上に鐘楼があるという珍しい造り。東側にはヒビキ遺跡が発掘され、古代の豪族葛城氏の王宮ではないかと話題になった。境内からの眺望は一級。奈良盆地が広がり、畝傍(うねび)山もはっきり見える。

高天原伝承地碑

高天原伝承地碑

長柄集落に入ると堂々とした民家が並ぶ。中でも戦国時代から代官を務めたという中村家は貴重な民家で慶長年間(1596~1605)の建築を記した古文書が残る。集落を抜け、ガードをくぐると一言主(ひとことぬし)神社。一言の願いごとが叶うといわれ地元では「いっこんじんさん」と呼び親しまれるが「善きことも一言悪しきことも一言」という託宣の霊威溢れる神である。田のあぜ道を足に任せて歩くと九品寺(くほんじ)へ出る。本堂裏手には石仏群がぎっしりと並び、圧倒されるほど。目鼻立ちも微かになった石仏にも前掛けが掛けられ、寺を守る人の心が思われる。九品寺を出てあぜ道を歩くと番水の時計がぽつんと立つ。貴重な水を田へ順番に流すための時計だというが、取り残されたように立ち尽くす姿に風情がある。緩やかなあぜ道は夏の草いきれ、秋には太陽の匂いが漂い、曲がり角の向こうから角髪(みずら)に結った古代人が出てきても自然に「こんにちは」なんて言ってしまいそう。道を歩いているうちに異次元へ迷うかも知れない、不思議の国のアリスみたいに。六地蔵が見えたら小さな旅が終わる。さ、手を合わせて感謝、感謝。

※この紀行文は2009年11月取材時に執筆したものです。諸般の事情で現在とはルート、スポットの様子が異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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