奈良の中心地、国宝の宝庫をめぐる散策路

文=玉岡かおる

(たまおか かおる)作家・コメンテーター。1989年年神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。『をんな紋』(角川書店)『天涯の船』『鉄のみち一条』(新潮社)など著書多数。『お家さん』で第二十五回織田作之助賞受賞。

宝物、なんて言っても私が持っているものなど知れているが、苦労して自分で買ったものなら大切にするし、けっして忘れたりはしないものだ。けれど、誰かが置いていったり譲られたりしたようなものは、しぜん、愛着もなく、無関心でいたりするのではないだろうか。もっとも、無関心でいた分、本当の値打ちを知った時には驚きが大きいだろう。まあ、宝物などもらったこともないし、もらう予定もないので人ごとにすぎないが。……と思っていたら、これが人ごとではなかったことに気がついた。奈良が、気づかせてくれたのだ。

09年春、阪神電車と近鉄電車がドッキングし、神戸三宮から、梅田を通らず難波につながり、ダイレクトに奈良へ行けるルートが開通した。神戸以西に住む私には、奈良がいちだんと近くなった感がある。おかげで、例年に増して、四季折々に奈良へと出かける機会がふえた。千三百年紀を迎えようという奈良は、行けば、遠い先祖が遺してくれた宝を我々子孫に思い出させてくれる。近鉄奈良駅からは、わずか10分歩くだけで、もう歴史の扉が開いている。興福寺、東大寺、元興寺、新薬師寺、そして国立博物館……。鹿たちが遊ぶ奈良公園周辺から、若草山、聖武天皇陵のあたりまで、歩いて回ることのできるエリアだけでも、国宝がぎゅっと詰まっている。短時間に、できるだけたくさんの国宝を見たいという横着な現代人にはありがたいエリアだろう。

東大寺南大門

東大寺南大門

ちなみに国宝とは文化財保護法によって国が指定した、世界文化の見地からも価値の高い有形文化財をさす。このエリアなら、建物そのものが国宝という場合も多く、目に入る神社仏閣で「立派だなあ」と感に打たれて見上げることがあったら、まちがいなくそれは国宝だ。たとえば興福寺だと、北円堂(ほくえんどう)、三重塔、五重塔、東金堂。東大寺なら、南大門、転害門(てがいもん)、金堂、というふうに。
夜にはライトアップされる建物も多く、闇に浮かび上がる大伽藍の雄壮さは、一瞬、自分が何時代に生きているのか見失うような錯覚を起こさせ、奇妙な思いにとらわれる。歴史など興味なかった、と言う人でも、このすばらしい建物を造ったのはどんな人々だったのだろうと思いを馳せ、学校で学んで以来、初めて聖武天皇や藤原不比等(ふひと)、光明皇后……といった歴史上の人物の名を思い出させられるのだ。そして、古めかしい肖像画でしか知らないそれらの人が、いきいきと目の前の奈良を歩き出したりするからふしぎだ。
それもこれも、国宝の持つ魔術のような力であろうが、このエリア、軽く表現するなら国宝テーマパークとすら言ってよいかもしれない。むろん建物の内に踏み込めば、目の高さで見る国宝がぎっしりだ。

東大寺盧舎那仏像

東大寺盧舎那仏像

近年は興福寺の阿修羅像が大ブレイクしたこともあり、天平の人々が刻み、拝んだ荘厳なお姿の仏像をしみじみ眺めた方も多いだろう。かく言う私もそのひとりで、長蛇の列に2時間並んで拝顔したのは貴重な思い出だ。行くまではただ美しいそのお顔だちにただ惹かれていただけだったが、お堂の中に、同じく国宝の十大弟子立像、八部衆(はちぶしゅう)立像とともに並び立つさまには、我々の先祖のきわだった美的感覚、宇宙観に、ただただ圧倒されるばかりだった。思えば、それらを造りあがめた人々はとうにこの世から去って、もういない。なのに、それら宝物だけは今も命を長らえ、現代を生きる我々の前に、昔のままにあるわけだ。おそらく我々がいなくなったとしても、それらは地上に残るだろう。国宝とは、人の命の枠を越え、いく世代を経ても変わることなく存在することのできる不滅の美を持つものであるのかもしれない。おそらくそれは、この国に生まれた者には無条件に、へだてなく与えられた宝なのであろう。ならば同じ空間に生きているうちに、与えられた宝物を眺めておきたいではないか。それはこの国に生まれた者にひとしく与えられた先祖の遺産。知らずにすませるのも自由だが、知ればきっと、これほどの宝を与えられた自分の幸運に、あらためて感謝が深まるはずだ。同時に、自分がこんなにゆたかであるのが誇らしくなる。そして、慌ただしい日常生活にもどっても、どこか、歴史を往来してきたような、そんな余韻が気分に弾みをつけてくれるだろう。

<補注>・興福寺 国宝館2010年3月より、ガラスケースのない「露出展示」という新たな展示形式で阿修羅像などを目にすることができる。館中央の通路をはさんだ南側に阿修羅像を含む八部衆8躯(上半身しかない五部浄像だけはケースに安置)、北側に十大弟子6躯が安置される。入館料は大人600円。

※この紀行文は2009年11月取材時に執筆したものです。諸般の事情で現在とはルート、スポットの様子が異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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