過去と現在と未来とをつなぐ
――文化村クリエイションの「つくることを開く」活動について
2023年度「文化村クリエイション」の活動について、府中市美術館学芸員の神山亮子氏にレビューを執筆していただきました。
過去と現在と未来とをつなぐ
――文化村クリエイションの「つくることを開く」活動について
神山亮子(府中市美術館学芸員)
ものがつくられる過程を見ることは楽しい。例えばオープンキッチンや工場見学で、未知の世界に触れる興奮は、誰もが経験しているだろう。専門的な道具や機械、そしてその道のエキスパートが登場し、素材が姿形を変えて、ごちそうや製品になっていく。つくることの過程を見ることは、ある地点まで時間を遡り戻ってくる、時間旅行のような経験である。
なら歴史芸術文化村を筆者が訪れたのは、2月の初旬の冬曇りの日であった。駅から車で10分ほど、奈良平野を囲む山の中腹に数棟の建物が立つ。そのうち1棟、ホールやワークショップスペースを収容する芸術文化体験棟の3階で、アーティスト交流プログラムは実施されていた。フロアは、溜池に面して広い開口部を持つオープンスペースと、小さな部屋に区切られているスタジオスペースとに分かれている。
スタジオは教室のような長方形の部屋で、長手の壁には窓が連なり、一方は外に、一方は廊下に面している。廊下側の窓からは、来館者がスタジオの中をのぞける。訪問した日は、2人の作家が滞在していた。ひとりは奈良出身で、映像やインスタレーションを手掛ける泉太郎。プログラムは始まったばかりで、部屋に家具や小道具類が運び込まれ、梱包を解いたり配置したりといった準備が進んでいた。もうひとりは、「文化村クリエイション」の招聘作家、画家の伊庭靖子だ。すでに3ヶ月ほどの制作期間は終盤に差し掛かっており、調色された絵具が並ぶパレットやたくさんの筆、パソコンやプロジェクターが、部屋の定位置に収まっていた。それら画材に囲まれて、伊庭は、壁に掛けたキャンバスに向かい筆を動かしていた。彼女の近作が1点、廊下奥の小部屋に展示されており、この絵は開館中はいつでも、ガラス越しに見ることができた。そしてオープンスペースでは、先に滞在制作を終えた写真家・山本糾の展覧会が開催されていた。
山本の展示は、奈良の吉野川と津風呂ダムに取材した写真が中心だった。《津風呂ダム 2》は、斜め上方から撮影した波立つ水面の写真をA3サイズほどの紙に出力し、つなげて縦2メートル、幅8メートルほどの大画面に構成した新作だ。望遠レンズで位置をずらしながら撮影した、水の動きを精緻に捉えたモノクロの写真が、壁の端から端まで並ぶ。すべてが同じ構図で、展開や終わりは示されない。つまり、クローズアップにより水面の方へとわたしたちの視線は近づくように感じるのだが、水面との距離は決して縮まることはなく、自然はわたしたちを隔てている。展覧会タイトルに掲げられた「宇宙の中心にある水」は、山本が長く写真の被写体とし、テーマとしてきた。目に見える水の動きや状態変化には、地球の重力や気象などが作用している。山本は、水の現象の先の、人間の外部にある自然の姿、その大きな運動を写し出している。そこには、人間の尺度をはるかに超えた時間が流れている。
山本糾《津風呂ダム 2》
硬質で重厚な山本の写真世界を開いてくれたのは、《津風呂ダム 2》の壁の裏側で上映されていた、40分のドキュメンタリー映像(*1)だった。内容は、山本が奈良県内を移動してロケハンし撮影する様子と、埼玉のスタジオでのインタビューだ。被写体の選定や撮影条件など制作に関わる具体的な事柄が示され、またこれまでの活動や芸術観が山本の言葉で語られて、見ていると彼の写真がほぐされてくるように感じられる。山本の行動を追い、質問を投げかける同伴者(企画担当者と撮影者)の存在も大きく、映像を見る者と作家との媒介として機能していた。そうして作品が、わたしたちの生きる時間の中に入ってきた。スタジオ制作とは別のかたちの公開制作が、ここで展開されていた。
映像を見終わって振り返ると、伊庭靖子がスタジオで制作を続けていた。伊庭は、12月頭から2月末のほぼ毎週末に制作を公開し、合間にトークを行い(6回)、3月には新作を発表した。伊庭は、「質感」を描くことを探究し、いわば目でなでるようにして見る絵画を誕生させてきた。質感(触覚)を視覚に変換する、そのような離れ技は、段階的に描き進めるシステマティックな工程を経て生まれている。とはいえ、種明かしされたところで絵の効果が減じることはなく、却って強化されるだろう。創作の過程に触れて、わたしたちは既知と未知とを行き来し、何度も新たな驚きと発見に出会うのだ。
隣の文化財修復・展示棟には、考古遺物や仏像等彫刻など4分野の修復工房が収容されており、工房の活動を大きなガラス越しに見ることができる。ガイドツアーも行われている。修復対象の時代や内容は幅広く、古都奈良の歴史の厚みが伝わってくる。ここでは、1000年や100年単位で数えられる時間を遡って、過去のものづくりを解きほぐす作業が繰り広げられている。修復とは未来に文化を引き継ぐ行為である。このように長大な時間軸を含む修復活動が、現代の創作活動と隣り合わせで行われているところが、奈良のこの場所の大きな魅力だ。アーティストや作品の時間、創作の時間など、奥行きも尺も異なる多様な時間が、古代からの悠久の時の流れのなかに照らし出される。そして、ものづくりの過程は、見る側に共につくっているという思いを抱かせるもので、その思いは作品の未来への関与に変わっていくだろう。「つくることを開く」ことは、現在のわたしたちの視野を、過去や未来へとつなげてくれる。
*1 ドキュメンタリー映像は展覧会終了後、YouTubeにて公開。
山本糾「宇宙の中心にある水」ドキュメンタリー(YouTube)