2023 年3 月21 日、「なら歴史芸術文化村(以下、文化村)は
開村1周年を迎えました。

 

「なぜ?」が芽生える。「知る」を楽しむをテーマに誕生した文化村は開村以来、来村者のみなさんに寄り添う双方向のプログラムで歴史や芸術、食や産業など、奈良の魅力を発信してきました。

 

すべての事業がつながって、みんなの感性をひらいていく文化村の活動を、あえて4つの分野に分け、この1年を振り返ってみます。

文化財修復・展示棟では、日本初の試みとして文化財4分野(仏像彫刻、絵画・書跡等、建造物、考古遺物)の修復現場を通年公開。文化財が修理技術者によって修復されていく様子を見学することで、多くの来村者が文化財への興味・関心を深めています。


それぞれの工房で行なわれている修理作業の内容やその過程の中で分かったことなどを学芸員が解説する修復工房見学ツアーを毎日実施。参加者からの質問が学芸員の新たな気づきにつながることもあり、文化村のこだわりのひとつである「来村者だけでなく、関係者みんなが学ぶ」を日々、実践しています。

文化財修復・展示棟地下1階の展示室では開村から一年の間に5つの展覧会を開きました。

 

昨年秋に開催した特集展示「奈良県指定の文化財」(令和4年10 月22 日~ 12 月11 日)では、文化村で修理が完了した東南院(吉野町)の大日如来坐像や十輪院(奈良市)の多宝塔、令和3年度に新たに奈良県指定文化財となったものなど名品の数々を紹介。会期中、修理技術者の生の声が聞ける講演会や学芸員と対話しながらゆっくり鑑賞するナイトミュージアムを展開し、いずれも好評を博しました。


文化財修復・展示棟の各工房では考古遺物ワークショップや建造物修理体験イベントなど、体験を通して新しい視点や理解を深めることを目的としたワークショップが活発に開催され、多くの参加者でにぎわっています。

 

第1回企画展では子ども仏像講座も開催。聖林寺(桜井市)の十一面観音菩薩像(国宝)の光背の3Dレプリカを用いて拓本をとるワークショップに参加した子どもたちから「仏像が身近になった」との感想が寄せられるなど、次世代と歴史を結ぶ取り組みも順調です。

芸術文化体験棟ではアート体験を通して、一人ひとりの発想と個性を尊重する幼児向けアートプログラムを実施。レッジョ・エミリア・アプローチを参考に展開する独自のプログラム「そざいきち」「てでかんがえる」などを通して0~6歳の子どもたちが個々の感性を生かした「遊び」を通じたアート体験を楽しんでいます。

 

 

「そざいきち」では、さまざまな素材や道具をつかって「いろ」作りを楽しんだり、「ひかりとかげ」の不思議に出会ったり。連続プロジェクトの「てでかんがえる」は、一つのテーマに全6回、手を動かしながらさまざまなことを考え、感じ取ることを大切に活動しました。

これらのプログラムには決められたカリキュラムはなく、興味が一致した数人が集まって活動したり、一人ひとりが夢中になれることを後押しする教育実践を通じて、子どもたちは「自分は大切にされている」と感じ、みんなに自尊感情が芽生えます。

 

自己肯定感・自尊感情」「他者への寛容なこころ」「健やかな身体」は、子どもの可能性を拡げ「学ぶ力」「生きる力」の土台となる大切なもの。

 

文化村ではさらに、小学生向けプログラム「アートであそぼ!」やトップアーティストによる「ヴァイオリン体験講座」、伝統文化や地域の歴史への理解を深める伝統芸能のワークショップなども展開しています。

 

「本物にふれる」ことで「新たな視点・感性」が生まれる場を提供する文化村のアート発信は子どもを対象にしたものだけではありません。トップアーティストとの交流事業では、国内外から招へいした著名アーティストによる優れた芸術作品に触れることができます。

 

公募でアーティストを招へいするアーティスト・イン・レジデンス事業ではアーティストが一定の期間、文化村に滞在し、作品の制作過程を一般に公開。地域の人と交流しながら、地域の魅力をアートで表現する創作活動と成果発表の機会を提供しています。

奈良ゆかりのアーティストに焦点を当てた取り組みでは、作品を展示するだけでなくトークイベントやワークショップなどで積極的な対話型の交流をはかり、アーティスト自身をみなさんに紹介。

先駆的なアーティストと協働する文化村クリエイション事業では、アーティストと専門スタッフ(アートコーディネーター)が作品の制作、展示のみならず、プロモーションも含めた多角的な視点から連携しています。

文化財修復・展示棟では天理大学の学生が学生サポーターとして活動しています。学生サポーターは来村者の対応や解説ツアー、ワークショップの補助など幅広い役割を担うボランティアスタッフ。

 

参加学生からは「国宝や重要文化財の修復作業が行なわれている間近で活動できるのは、とても貴重な経験」「来村者や文化村スタッフなど色々な立場、年代の方々とのふれあいが楽しく、今後にも役立つと思う」などの感想が聞かれます。

 

天理大学は文化村から1キロ圏内と非常に近い立地。学生サポーターは昨年3月21 日の開村式でも来村者の案内や誘導に携わり、地域の魅力を歴史や芸術とつなげて発信する文化村を誕生時から支えています。

芸術文化・体験棟ではまた、県内唯一の芸術系大学である奈良芸術短期大学の学生がアートコミュニケーター(AC)として活動。ワークショップの企画運営や鑑賞者との対話による作品鑑賞などアーティストや作品と鑑賞者をつなぐ担い手として活躍しています。

 

ACはアーティストに制作についての思いを聞くなど熱心な事前準備をして活動にのぞみますが、その役割は単なる作品解説ではなく来村者と共に作品の面白さを発見すること。鑑賞者に好きな作品を投票してもらい、選んだ理由を語り合うなどACの活動が深まるにつれ、じっくりと作品を観る来村者が増えています。

交流にぎわい棟では奈良県産農産物や伝統工芸品を販売する直売所「文化村にぎわい市場」が営業。県内外から訪れる来村者に奈良県の食と農、伝統工芸の魅力を発信しています。

 

中でも一番人気は地元、天理市が誇る特産物でもある柿といちご。いずれも天理市周辺で収穫されたものを中心に販売しています。ちなみに天理市のいちご耕作面積は奈良県で一番の広さ。若い世代のいちご農家が新品種の栽培に意欲的に取り組むなど、年々パワーアップしています。

昨年秋は柿にまつわる企画を集めた「奈良の柿フェア」が開催され、様々なイベントが行なわれました。

 

中でも人気を呼んだのが「渋柿の渋ぬき体験」。天理市で生まれた早生種の渋柿、刀根早生柿(とねわせがき)の渋をぬいて甘い柿にする作業を来村者が自分の手で行ない、柿を持ち帰りました。

 

他府県からの来村者など奈良県が柿の名産地と知らない人もあり、富有柿(ふゆうがき)の生産量は奈良県が全国1位、「幻の柿」とも呼ばれる希少な御所柿(ごしょがき)の発祥が御所市とされることなど、スタッフの解説に熱心に聞き入る姿も。

伝統工芸品ショップでは赤膚焼や一刀彫、蚊帳ふきん、奈良団扇など県内の伝統工芸品と吉野杉や吉野桧の木工製品を販売しています。県下有数の品ぞろえにひかれ、遠方から何度も足を運ぶ来村者も増えています。

 

それぞれの製品のそばに解説文を掲示していますが、さらに詳しい情報を伝えてくれるのが販売スタッフ。「素材の木はどこに生えていて、どんな工程を経て製品になるのか」「どんな思いを込めて作られているのか」。納品時に製造者から直接、話を聞き、学んだことをスタッフノートに書いて全員で共有しているのは、製品の価値を一人でも多くの来村者に伝えたい、との思いからなのです。