各界の識者が語る「わたしの記紀・万葉」

第13回 漫画家・神戸芸術工科大学客員教授 安彦良和氏

人間がどう生きて歴史をつくってきたか伝承や神話には大きなヒントがある

漫画家・神戸芸術工科大学客員教授 安彦良和氏

古代史にまつわる痕跡が古い神社の伝承に残っている

先生が『古事記』を題材にした『ナムジ』をはじめとする、一連の作品を執筆するようになったきっかけは、どんなことでしょうか?
安彦 何がきっかけだったかはわからないですけど、25、6年前、『ナムジ』を描くちょっと前に、初めて奈良に来たんです。そのとき、友人に飛鳥のあたりを案内してもらって、とても濃い場所だなと思ったんですよね。
「濃い場所」ですか?
安彦 僕は北海道の田舎の出ですから、奈良には山や川やいたるところに伝承があるのが驚きで。「明日、遠足だよ」と言うお子さんに「どこ、行くの?」と聞いたら「山の辺の道」と。ああ、僕らが学校で習うようなことを日常生活で体験していくってすごい。奈良の人、おそるべしって感じだったんですね。それから、ちょうどアニメの仕事と入れ替わるように、古代史の漫画を描いてみようかなって気になっていったんです。直接のきっかけじゃないかもしれないけど、奈良に初めて来たときのことは今でも思いだします。
その後、偶然見つけた原田常治さんの本が今でも作品のヒントになっています。それまでに歴史家の方が書かれた本も読みましたが、神社を巡って古代史を語るという原田さんの方法が、それまでにない視点で、すごく新しいと思ったんですね。
原田さんの本のどこに、心をひかれたんでしょうか?
安彦 おおらかなんですよね。いわゆる教養じゃなくて、村とか町の長老の方が昔話を語ってくれるような風情があって。学者の方は文献を引いて、このように読めるとか、あるいは出土したものがどうだとか、内容が固くてなかなか頭に入ってこないけども、原田さんの書き方は「いろいろ調べたらこうだったよ」と非常におおらか。「いろいろ調べた」って、何を調べたんだろうって(笑)。だから、いいかげんな本だと、学者さんは相手にしないんですが。
原田さん以外にも歴史の本を読まれていたということですが、先生が古代に関心を持たれたのは、どのような経緯からですか?
安彦
日本の年表の初めのほうって「卑弥呼が…」なんてぽつんと出てくるぐらいで空白ばかりですよね。年々、考古学上の新しい発見があってもいまだに空白が埋まらない。邪馬台国にしても畿内、九州、どっちでもいいと思うんです。問題なのは、どうやって日本国ができたのか、大和朝廷はどういう過程で日本の中心になったのかということなんですよね。
そうして古代史を権力者の累代で語ることへの疑問がわいてきたときに、それに代わる何があるんだろうと。古代史にまつわる痕跡が古い神社なんかに色濃く残っているのなら、それは大事なことなんじゃないかと。そういうことを原田さんの本で教えられました。

神話にも大きな歴史的ヒントがある


どうすれば『古事記』に親しめるのか、その参考に、先生がおっしゃった、学者さんでなく原田さんの本は頭にすっと入ってきたという部分をもう少し詳しく教えていただけますか?
安彦 学者さんの本から得られるようなインテリジェンスというのは、われわれの頭に入ってこないんですよね。それと同じことで、たとえ権力者から「今後は国史に書いたことを信じなさい」と命令されても、それぞれの地域には村の古老が語る言い伝えがあるから、「はい、そうですか」って簡単には信じられないでしょう。それに、『古事記』ができるよりも前から古い神社は存在していた。だから、そうした神社に残っている伝承というのは、それだけで十分、根拠があることなんだと思います。
奈良県宇陀市にある宇賀神社の御祭神は兄宇迦斯(えうかし)なんです。神武天皇に抵抗した人物なのに、地元の人たちは「地元のために命を懸けた兄宇迦斯こそが自分たちの英雄だ」と大事に祀っている。残っていることに意義があるとおっしゃるとおりですね。
安彦 神武東征というのも非常に興味深い伝承じゃないでしょうか。たとえば、2、3世紀の昔に人が紀伊半島を縦断できるわけがないと片付けられてしまいます。でも、古代において川というのは道路だから、川をたどれば、たいがいのところへ行ける。そうして最後のひと山だけを越えればいいわけです。
なぜそんなに苦労してまで纏向へ、三輪山の麓へ彼らは来たかったのか。原田さんが「入り婿」という説を書いています。つまり、政略結婚。日向と大和が結ばれて倭国統一がなるというのは、荒唐無稽なようだけど、いい説明だと思います。だって、大和って日本一いい場所でもないんですよ(笑)。日向だって暖かくていいところですし、はるばる来る途中には「あ、ここいいな」というところがいっぱいあったはずなのに。そこには定着しないで山越えてまで大和へ来ようとしたというのは、ここでしか達成できないことがあったわけですよね。そういうことが神話に書いてあって、大きな歴史的ヒントとしてあるのに相手にしていない。
『古事記』編纂1300年を機会に、「『古事記』はおもしろい。あらためて読みましょう」とさかんに言われています。でも、「それと歴史は別」っていう姿勢は基本的に変わっていない。それが僕には物足りないんですよね。

どの地域にもある、人の歴史と人の物語

2020年まで続く記紀・万葉プロジェクトで、今後どのようなことが大事だと思われますか?
安彦 派手なイベントじゃなくて、その地域に根差した自然や古い寺社、あるいは人にまつわる伝承などを大事にして、そこから夢や想像をはぐくむのが基本じゃないかな。
去年の暮れに僕の田舎で郷土史を語るシンポジウムが開かれたんですが、北海道にはアイヌとオホーツクの文化は昔からあったけど、いわゆる歴史ってのは明治以降しかない。それでも、入植した人たちが土佐から来た人だったら、土佐の郷士で坂本龍馬の親戚だとか、あるいは、何かの事件があってやむにやまれず北海道に行ったとか、いろんな言い伝えがあるんです。だから、郷土の話題が乏しい地域と考えないで、そうした人のことを見直すだけでも、中央の政治とどう結びついてこの地域があるのかとか、いろいろおもしろいことが見えてくるんじゃないかと。
北海道は、愛郷心の薄い人が以前は圧倒的だったんだけども、今は変わってきて、地域を捨てて振り返らないのはまずい、という気風が若い人の間でも結構あるらしいんです。だから、圧倒的に郷土色の濃い大和のような地域と、非常に薄い北海道でも基本は同じじゃないかと思いますね。
そうですね。同じように人の営みがあってその思いが残っていく。人の思いの物語という点では、漫画やアニメもそうですが、先生が『古事記』を『ナムジ』や一連の物語にするにあたって、何を伝えようと思って執筆されたのか最後に教えていただけますか?
安彦 人の歴史は人の物語だ、ということに尽きるんじゃないかな。いくら時の権力者がつくりあげた歴史だと批判しても、現状、物理的な証拠でそれを突き崩すということはできないんだから、やはり人間がどう生きてきて、どう歴史をつくったのかという視点で考えていくしかないと思うんですね。
神武天皇という人がいたんだったら、彼は何を考えて、なぜここに来たのか。超能力者やスーパーヒーローではなくて、あくまでも一人の人間だったらこうしたんじゃないか。そう考えることによって、神がかった歴史が人間の歴史になると思うんですよね。
そういう意味で、『古事記』・『日本書紀』には、摩訶不思議なことも書いてあるけども、残酷なことやずるいことも含めて非常に人間的なことが書いてある。それは人間の歴史を考えるうえで、大いにヒントになると思います。
『古事記』に親しむこと、地域を再認識することについて、貴重なヒントをいただきました。先生、本日はありがとうございました。
やすひこ・よしかず
プロフィール
1947年 北海道生まれ。
1970年よりアニメーターとして活躍。『機動戦士ガンダム』ほか、原作・デザイン・監督とアニメーション制作全般にわたって、数多くの人気作品を手掛ける。
1990年発表の『ナムジ』は、大国主を主人公に古代の日本を大胆な発想で描いた作品で、第19回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。続編に、『神武』・『蚤の王』がある。現在、『サムライエース』(角川書店)で『ヤマトタケル』を連載中。
2006年より神戸芸術工科大学客員教授。