各界の識者が語る「わたしの記紀・万葉」

第16回 千葉県熊野神社・宮司(元NHKアナウンサー) 宮田修氏

奈良だけで完結せず、広く『古事記』と他地域のつながりに注目。
若い人も身近に感じられる、わかりやすいプレゼンをめざす。

宮田修氏

神職としての『古事記』との出会い

宮田さんは神職の勉強を始められた時に『古事記』と出会われたと伺いましたが、その時のことを教えていただけますでしょうか。
宮田 『古事記』については、神職の勉強をする以前は学校の授業で712年に書かれたことを知っていた程度で、あとは、大学の一般教養で漫談のような講義をする先生の話を聴いたくらいでした。もちろん「因幡の素兎」や「天の岩屋」などの神話は断片的に子どものころから知っていましたが、それを体系的に、ましてや原文で読むなど、神主になろうとしなければあり得なかったと思います。
それが、実際に読んで親しむようになると、書かれていることが様々に解釈できて、「古代人はどういう意図でこのように書いたのか」と分析したり、想像したりするのが面白くなりました。最近の若い人流に言うと『古事記』に“ハマって” いったわけです。
そういう視点で考えますと、今の日本人は、本当に自分の国のことを知らないと思います。歌舞伎や大相撲をどれくらい説明できるでしょうか。ギリシャ神話を知っているという人はいますが、やはり日本の神話も知っておかなければならないと思います。ですから、奈良県が『古事記』『日本書紀』を題材にしてこういう活動をされるのはとても良いことだと思います。ぜひ、記紀のふるさととしての奈良県には頑張っていただきたいと期待しています。
『古事記』はどのようなテキストで勉強されたのですか。
宮田 漢字だけの原文に自分でふりがなをつけて、意味を書き出しながら読みました。国語の読解の勉強と同じです。『古事記』を読んで理解するという、この勉強は神主になるには必須です。『日本書紀』はあまり扱いません。『古事記』が中心で、「神典購読」という授業があるのですが、神典=『古事記』です。上巻がほとんどで中巻も一部読みました。
上巻の中でお好きなのはどこですか。
宮田 どの話も面白いのですが、やはり興味深いのは、イザナギノミコト・イザナミノミコトの話でしょうか。国家の歴史書に「みとのまぐわい」などの表現があるというのも考えると面白いですね。天岩戸のアメノウズメノミコトの話も、要するにストリップダンスをするわけですし、オロチ退治も何を意味しているのかと考えると興味深いですね。とにかくわくわくしながら読みました。

『古事記』の魅力をわかりやすく伝える

この記紀・万葉プロジェクトは2年前の古事記完成1300年の記念事業として始まりましたが、『古事記』の魅力を伝えていくにはどうすればいいと思われますか。
宮田 まずは読んでもらう以外にないと思います。また、奈良県には『古事記』ゆかりの地がありますので、そういうところを案内する方法もあります。しかし、難しくしてはだめですね。いかにやさしくプレゼンできるかということを考えるべきだと思います。
奈良県内のゆかりの地で一番お好きなところはどこでしょうか。
宮田 ゆかりの地というより、私は寺ばかり廻っていました。聖林寺や秋篠寺、大仏殿には切符を切る人と顔見知りになるくらい行きました。仏教美術を見るというよりも、仏様にお目にかかるという気持ちで1~2時間はいましたね。地元の人は、いつでも行けるのであまり興味を持たないかもしれませんが、私は転勤で離れたりしたので、大阪に赴任していたころは頻繁に行っていましたし、客が来ると必ずそれらの寺を案内しました。
そういう意味では、『古事記』の魅力を伝えるには、奈良だけで展開するのではなく、東京など他都市に出て行って何か催しをするといいかもしれませんね。浅野温子さんが神話の語りをされていますが、迫力がありますし、そういうものは興味を持たれると思います。
先日、熱田神宮が創始1900年の催しを行いましたが、熱田神宮は御神体が草薙剣(くさなぎのつるぎ)で非常に格の高い神社であるにも関わらず、今の日本人はそれを知りません。そこで、熱田神宮の宮司さんは、なんとその催しを地元の名古屋ではなく、東京の日比谷公会堂で行いました。私はその司会を務めたのですが、これは熱田神宮が名古屋の神宮ではなく、日本の神宮であることを示したものと言えます。
私は『古事記』も同じだと考えています。ですから、奈良県も全国キャラバンをして、各地に『古事記』の魅力を伝えていくことが必要ではないでしょうか。例えば、千葉にもヤマトタケルの故事にちなんだところがありますし、北海道から東北は難しいかもしれませんが、鹿島神宮や香取神宮に神様が行かれたという話もあります。そういうものを拾って、小さな規模でもよいので『古事記』とその地を結びつける催しをその地で行って、その地域の人たちに「自分たちも『古事記』と関係がある」と気づいてもらうことが大切だと思います。奈良だけで行っている限り、奈良ローカルになってしまいますし、奈良の人はある程の度知識があるので自分たちで完結してしまいます。そうならないように、他都市へ出掛けて行くと面白い広がりが出てくると思います。
例えば、予算にもよりますが、浅野温子さんのような人にその地に関連する神話を読んでもらうなどのアトラクションを入れて、その後にその地方と『古事記』の関連について講演や対談、鼎談の形式で語ってもいいと思います。さらに、その地域の神社などを巻き込む手もあります。神社の人は皆『古事記』が大好きなので、奈良県主導で開催されるなら喜んで協力してくれると思います。

若い人に『古事記』の魅力を知ってもらうために

我々がシンポジウムなどを開催しますと、年齢層の高い方の参加が多くなりますが、若い方に『古事記』の魅力を伝える良い方法があるでしょうか。
宮田 若い人に対しては、やはり若いタレントを使ってはどうかと思います。例えば、伊勢神宮の式年遷宮のコマーシャルソング「鎮守の里」は元チェッカーズの藤井フミヤさんが作詞・作曲して歌っています。もっと若い人でもいいと思いますが、こういう方法も面白いと思うので、若い人たちに人気のあるタレントを巻き込んではどうでしょうか。
あるいは、巫女さんの格好も若い人に人気があるので、タレントにそういう衣装を着せて『古事記』を語らせたりすると、若い人がたくさん来ると思いますよ。若い人が来やすいように、若い人の要望に応えられるイベントにすることが大事です。歌を歌わせてもいいですし、それをアトラクションにして、その後で『古事記』を語ればいいと思います。

「大古事記展」に向けて ― 見せ方に工夫を

今年「『古事記』の不思議に迫る」というコンセプトで「大古事記展」を開催しますが、展示ではどのようなものをご覧になりたいと思われますか。
宮田 『古事記』は物語としてはとても面白いのですが、それにまつわる物を展示するには地味なイメージがありますね。展覧会としては「正倉院展」にはなれないと思います。例えば、昨年、東京の国立博物館で「大神社展」が開催されましたが、神社は寺院に比べると彫像等が少なく、衣装なども見せるものとしては地味でした。
奈良は特に、他にも素晴らしいものがいろいろとありますから、「大古事記展」は埋没してしまう恐れがあります。そういう意味では、どういうものを集められるかが重要になります。例えば、「真福寺本」は本当に大変な物ですが、“本” には変わりないので、それ自体はそれほど見て面白いものではありません。したがって、相当に見せ方を工夫しなければならないと思います。少しお金が掛かっても、専門のプロデューサーなど、“業師” を巻き込んだ方がいいかもしれません。いずれにしても、奈良県の頑張りには期待しています。
本日は有意義なご示唆をいただきまして、どうもありがとうございました。
みやた・おさむ
プロフィール
1947年千葉県生まれ
1970年:埼玉大学卒業後、NHK入局。
2003年より千葉県熊野神社など数社の宮司を勤める。
2008年:NHK退職