各界の識者が語る「わたしの記紀・万葉」

第21回 歴史コメンテーター 金谷俊一郎氏

『古事記』の神話は日本の文化の原点。日本の文化を外国に伝えていくためには、まず日本人が知らないといけないと思います。

金谷氏

日本のよいところを発信したい

歴史コメンテーターや予備校の講師として幅広くご活躍されていますが、日本普及機構という財団ではどのような活動されているのですか?
金谷 財団の活動としては、日本の文化や純粋に日本のいいところを伝えていく活動をしています。以前「外国人にいろんなことを伝える」という雑誌の連載で、「武士道」や「禅」について説明をしましたが、外国人にうまく伝えていくためにはまず日本人が知らないといけないという観点から、国内の子どもに向けての活動も行っていきたいと考えています。

神話は国・民族のアイデンティティ

奈良県では「記紀・万葉プロジェクト」を進めていますが、記紀・万葉集に対する想いはありますか?
金谷 神話について言うと、例えば、日本人が聖書を読んでいると、書いている内容がいまひとつわかりにくいところがあります。なぜわからないのかというと、それは聖書の根底にはギリシャ神話があるからで、ギリシャ神話の世界観がわからないまま聖書を読んでも何を書いてあるかわからないんですよ。つまり、神話というのはそこの国の民族にとってアイデンティティの根幹になっているのです。
日本人のアイデンティティの原点はやはり古事記にあると思います。「トイレの神様」という歌が10年以上前にはやりましたが、「トイレの神様」という言葉を外国人に言っても理解できません。それは、例えばイスラム教やキリスト教の神は唯一絶対の神であるので、トイレなんかにいるはずのない存在だからです。でも、日本人はそれを聞いていい歌だね、という発想になるのは、日本人の中に「八百万の神々」という考え方があるからでしょう。
このような、どこにいても神様が見ているのだから、神様に対して、はしたない、悪いことをしてはいけないという、日本人の美徳の根幹には神話があると考えます。
古事記の神話で面白いのは、例えば神様なのに人を陥れようとか、悪口を言ったりする。神様なのに何か大変なことが起こったら「どうしよう」とみんなで困って話し合いをする。
みんなで何か困ったら1つになって輪になって話し合っていくというのも、日本の文化であって、日本人の民族性をあらわしているともいえます。

神話(古事記)を子どもたちに伝えたい

神話を伝えるにはどのような方法がよいでしょうか。
金谷 古事記に子どものころから親しんでもらうために、読み聞かせのボランティアの人たちを育成して、幼稚園とか小学校とかそういったところでやっていく活動をしたいと考えています。
予備校で日本史を教えていて気づいたことですが、例えば、戦後の「景気」で神武景気とか、いざなぎ景気とか、何となく学校の授業で聞いたことがあると思います。順番は、最初が神武景気、次に岩戸景気、そしていざなぎ景気です。なぜ、このように名付けられたのでしょうか。その答えは「古事記」にあります。
1955年すごく景気が良くなったとき、「こんな景気のいいのは日本ができて初めてではないか、神武天皇以来だ」ということで当時、神武景気と名付けられました。そして、1960年にもっとすごいのが来た。「どうしよう。神武天皇より遡ろうか。それだったら天照大神ではないか。そうしたら天岩戸だな。」ということで、岩戸景気となりました。そして、更に1960年代後半にそれよりすごいのが来た。「どうしよう。では国生みまで戻ろう。イザナギにしよう」と。それで神武、岩戸、イザナギになったのです。
神話がわかっていたら神武、岩戸、イザナギの順番はわかるのですが、今みんな子どもたちはもとの神話を知らないから理解できなくて、覚えるみたいな感じになってしまう。 古事記は日本で昔から千何百年も伝わっているようなものだから、政治色や思想色を取り除いて、日本人は日本の神話を知っておいてほしいと思います。

一過性で終わらない取り組みを

『古事記』『日本書紀』『万葉集』に興味を持ってもらうために、「こんなことをやってみたらおもしろいのでは?」といったご提言があればぜひ。
金谷 こどもの読み聞かせから発展して、古事記の検定みたいなものを実施するのも面白いですし、古事記のかるた大会に結びつけるなど、一過性で終わらない取り組みがよいと思います。古事記の検定はまだありませんよね?日本人は検定が好きなので、例えば古事記や日本書紀の検定を全国で実施すれば、奈良県だけにとどまらないでいろいろな広がりが出てくるのではないでしょうか。検定とあわせてクイズ大会をしてもいいですね。検定にある程度受かった人を対象にしてクイズ大会を盛り上げていくことも考えられます。同じく神話の里である島根県や宮崎県とタッグを組んでも面白いですよね。
クイズ大会といえば、飛鳥の「おもしろ歴史フェスティバル」には、毎年呼んでいただいていますが、あれは、楽しいですね。回数を重ねていて、高校のクイズ研究会等の方々にもすごく喜んでいただいています。歴史のイベントや取り組みが広がっていったら楽しいと思います。
かなや・しゅんいちろう
プロフィール
歴史コメンテーター。歴史作家。東進ハイスクールにて20年以上日本史トップ講師として活躍。参考書のみならず、『早稲田の日本史で、「日本の論点」がわかる』(KADOKAWA)、『全国・最強ご利益パワースポット巡り』(宝島社)などの一般書も好評。
また、「世界一受けたい授業」(日本テレビ系)や「ネプリーグ」(フジテレビ系)、「Qさま!」(テレビ朝日系)などのテレビ・ラジオや講演会で、歴史・偉人・日本の文化を楽しくわかりやすく伝える活動も人気を博しており、大河ドラマの関連地や、近年は世界遺産や地方創生のイベントなどでも活躍している。