記紀・万葉講座

「大和(やまと)と越(こし)-大伴家持の歌心をめぐって-」

奈良県記紀・万葉プロジェクト 
古事記完成1300年プレ・イヤーイベント
富山県ふるさと文学館(仮称)開設プレイヤーイベント
万葉集首都圏シンポジウム

2011年7月10日
会場・ル テアトル銀座

チラシにリンク

プログラム
第1部 講演1 「大和と越の風土」 奈良県立万葉文化館館長 中西進氏
講演2 「大伴家持をめぐって」 早稲田大学名誉教授 佐佐木幸綱氏
ステージ
万葉朗唱と雅楽演奏
語り部・かたりすと 平野啓子氏
万葉集全20巻朗唱の会にいざなう会、博雅会
第2部 パネルディスカッション「歴史・文学の魅力発信」
パネリスト:
歌人・作家 辺見じゅん氏
奈良県知事 荒井正吾
富山県知事 石井隆一

本シンポジウムは、記紀・万葉プロジェクト 古事記完成1300年プレ・イヤーイベント、及び富山県ふるさと文学館(仮称)開設プレ・イヤーイベントとして開催された。

荒井正吾・奈良県知事、石井隆一・富山県知事の挨拶で開幕。まず、荒井知事から『古事記』完成1300年を記念し、2012年から取り組む記紀・万葉プロジェクトの趣旨が説明され、「記紀・万葉」は各地の伝承を通じてその時代の日本人の心を楽しむ旅であり、本シンポジウムを旅の始まりと位置づけた。奈良県とは大伴家持による縁で結ばれた富山県の石井知事は、家持が越中に国守として赴任した間に詠んだ歌が富山県民の誇りとして愛着をもって大事にされてきたところであり、現在の万葉集の朗唱などのイベントになっていることを紹介。
そして、東日本大震災の復興に際し、『万葉集』の中にみなぎるエネルギーが日本の元気につながればと挨拶をした。

講演1は、中西進氏より「大和と越の風土」と題して行われた。
【要旨】「越の国については、『古事記』に、八千矛(やちほこ)の神が知的で繊細な美女を求めて越を訪ねた話がある。日本文化を南北構造で捉えると、北には氷のような緊張感が認められ、南には穏和な文化がある。天智天皇を父とする志貴皇子はその越の国のDNAを継承した万葉歌人で、天智天皇の死後、王権と距離を置き、遠い都を詠った。その心は大和から越に赴任した大伴家持にも通じる。また、家持は消えゆく雪に春を詠むが、そこには越の詩情があり、聖武天皇の死に際して浄土の美しさを幻想して詠んだ歌からは、多感な時期を越で過ごした家持にとって、清らかさを風土とする越の国が原風景であったことがわかる」。

講演2は、佐佐木幸綱氏より「大伴家持をめぐって」と題して行われた。
【要旨】「大伴家持の生きた時代は、大伴家が没落していく厳しい時代であり、その中で家持は越中に赴任した5年間に223首の歌を詠んでいる。家持は気分や空気を詠んだ最初の歌人と言われるが、そこには越中で過ごした時代の空気の流れが大きく影響している。越中と大和の自然の違い、暦と現実の違いに興味を持って新しい角度で自然を見つめ、越中から戻った後に作られた有名な絶唱三首には春の気分や空気が詠まれている。これに光が当たったのは大正時代だが、このように日常的な些事、一瞬の気分や場の空気を詠う詩は世界にもなく、そこに近代短歌の行くべき方向があるとされる中で、家持の新たな良さが発見されたと言える。家持は、現代、且つ世界に通じる作品を残した万葉歌人だったのである」。

第2部は、平野啓子氏の語りで家持が奈良と富山で詠んだと言われる歌が紹介され、続いて、雅楽演奏と万葉朗唱により、会場にはひと時、家持の生きた時代の情感が溢れた。

続いて、パネルディスカッションに先立ち、辺見じゅん氏が「私の富山、私の大和」というテーマで話をした。
【要旨】「子どもの頃、本が好きだった私に父が最初に教えてくれたのが『万葉集』だった。父は大和に憧れ、心の故郷だと話してくれた。私が文章を書くのも父が最初に教えてくれた大伴家持の歌が影響している。そのような私が、来年4月に富山県ふるさと文学館(仮称)の館長に就任するので、文学だけでなく幅広い文化を富山から発信したいと思っている」。

第2部の後半は、荒井知事、石井知事、辺見氏をパネリストに迎え、「歴史・文学の魅力発信」というテーマで、パネルディスカッションが行われ、奈良・富山の歴史・文学の魅力が伝えられた。
まず、荒井知事より、記紀によって歴史的背景を知ると『万葉集』の歌をより深く楽しめることから、「記紀」と『万葉集』を同時に味わってもらう記紀・万葉プロジェクトの取り組みの説明が行われた。また、「記紀」や『万葉集』によって各地の地名の由来を知る楽しみも紹介された。そして、「記紀」は勝者の書物であり、『万葉集』は敗者の歌も取り上げるが、敗者の声は書物にほとんど残らないので、千数百年前の人たちの声が消え去らないよう、記紀・万葉を気軽に楽しみながら、歴史を拾い、味わっていくことが奨励された。
続いて、石井知事から、越中の自然や風土と家持の歌の関係が、越中の人々の想いを通して紹介された。家持が詠んだ立山連峰などの風土の魅力や、越中の歌にのみ登場する「かたかご」の花などが写真で披露されると共に、厳しい自然の中でなりわいのために懸命に生きる人々の姿を詠み、防人の歌も残したところに、越の国で庶民の生活に触れた家持の気持ちが伺えると説明された。その上で、富山の文化的側面から見た歴史を踏まえて、文学館設立が紹介され、富山県の文学振興の取り組みが示された。
両知事の話を受けて、辺見じゅん氏より「お二人の『万葉集』を愛する思いが伝わった。家持によって大和と富山が結ばれるのはとても嬉しい」と感想が述べられた。
そして、パネルディスカッションの締めくくりとして、中西氏より、歴史と文学の違いを踏まえての記紀万葉の歴史性と文学性、これらを共に楽しむ『古事記』・『日本書紀』・『万葉集』のトライアングルと、年代記としての楽しみ方が説明された。また、大伴家持の歌に見られる予言的な側面を通して、神の声を伝える文学者の役割が説かれ、「文学を読むことは発掘である。一人ひとりが古代の心を発掘してほしい」という総括があり、シンポジウムは終了した。