天武持統天皇TOPへ   ホーム画面へ

天武持統天皇TOPへ

ホーム画面へ
 ステージ

なら記紀・万葉プロジェクト二人が築いた日本の礎 ⁄天武天皇・持統天皇 ゆかりの地

天武天皇・持統天皇 ゆかりの地

n1 n2 n3 n4
n5 n6 n7 n8
n9 n10 n11 n12

飛鳥宮跡
あすかきゅうせき

飛鳥宮跡

写真提供:明日香村教育委員会

飛鳥宮跡は舒明天皇が造った飛鳥岡本宮から、子の天武天皇とその妻の持統天皇の飛鳥浄御原宮に至る宮殿遺跡。1か所に歴代の天皇が宮を構えたことで、飛鳥が政治の中心となった。飛鳥浄御原宮では令の制定や史書の編纂が命じられた。飛鳥宮跡は、まさに律令国家の礎を築いた舞台だった。



 所在地   奈良県高市郡明日香村岡

TOPへ

本薬師寺跡
もとやくしじあと

本薬師寺跡

写真提供:橿原市

薬師寺は680年、天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を願って建立を発願した寺。東西2塔が並び立つ新しい伽藍配置が採用され、藤原京(奈良県橿原市)で698年頃に完成した。寺は平城遷都に伴って現在の場所(奈良市)に移った。橿原市にある遺構は「本薬師寺跡」と呼ばれ、国特別史跡に指定されている。



 所在地   奈良県橿原市城殿町

TOPへ

薬師寺
やくしじ

薬師寺

写真提供:一般財団法人奈良県ビジターズビューロー

平城遷都に伴い718年に藤原京から現在の場所に移った薬師寺。戦火などで建物の多くが失われたが、1960年代以降、金堂や西塔など白鳳伽藍の復興が進み、1998年に「古都奈良の文化財」の構成資産として世界文化遺産に登録された。東塔(国宝)は、大小の屋根が重なるリズミカルな美しさから「凍れる音楽」と称されている。


公式サイト


 所在地   奈良県奈良市西ノ京町457

TOPへ

藤原宮跡
ふじわらきゅうせき

藤原宮跡

写真提供:橿原市

大和三山に囲まれた藤原宮は、律令国家が完成した場であり、中国にならった碁盤目状の条坊道路を備えた都・藤原京の中心にあった宮殿。天武天皇が造営を始め、その妻・持統天皇が飛鳥浄御原宮(奈良県明日香村)から遷宮した。大極殿や朝堂などの建物は仏教寺院以外で初めて瓦ぶきが採用された。現在では、朱色の列柱が並び、かつての門の位置を知ることができる。



 所在地   奈良県橿原市高殿町ほか

TOPへ

大和三山
やまとさんざん

大和三山

写真提供:橿原市

大和三山は、香具山(かぐやま)・畝傍山(うねびやま)・耳成山(みみなしやま)をいう。三山は古来、神の宿る山として神聖視され、多くの歌人に愛されてきた。持統天皇は「春過ぎて 夏来るらし 白たへの 衣干したり 天の香具山」と季節の移ろいを詠んだ。どの山も標高200メートルに満たず、三山の中心に位置する藤原宮を優しく見守っているようである。

TOPへ

廣瀬大社
ひろせたいしゃ

廣瀬大社

『日本書紀』には、天武天皇が675年に廣瀬の河曲に水の神である大忌神を祀らせたとある。これが廣瀬神社である。以来、戦国時代に途絶えるまで、毎年4月と7月に朝廷より勅使が遣わされ、龍田の風神と共に祭祀が執り行われてきた。現在では、毎年2月に牛や農民に扮した氏子と参拝者が雨に見立てた砂をかけ合い、五穀豊穣と厄よけを願う奇祭「砂かけ祭」が開催されている。


公式サイト


 所在地   奈良県北葛城郡河合町川合99

TOPへ

龍田大社
たつたたいしゃ

龍田大社

天武天皇は、風水を治めれば天下が安泰するとして、水の神を祀る廣瀬神社と一対の社として龍田大社に風神を祀った。以来、天武・持統朝において繰り返し勅使を遣わし祀ったとされている。毎年7月に行われる「風鎮大祭」は、風水害を防ぎ、五穀豊穣などを祈るもので、剱舞や民踊などの神賑奉納行事が行われ、「風神花火」も奉納される。


公式サイト


 所在地   奈良県生駒郡三郷町立野南1丁目29-1

TOPへ

天武・持統天皇陵(野口王墓古墳)
てんむ・じとうてんのうりょう(のぐちのおうぼこふん)

天武・持統天皇陵(野口王墓古墳)

写真提供:明日香村教育委員会

天武天皇と持統天皇の合葬陵。『日本書紀』によると、687年に前年亡くなった天武天皇のために子の草壁皇子によって築かれ、後年(702年)に崩御した持統天皇は天皇として初めて火葬され、銀製の骨壷に納められ703年に合葬されたとある。鎌倉時代の盗掘記録が見つかり、その内容から陵墓と被葬者がほぼ間違いなく合致している、数少ない例といわれる。


 所在地   奈良県高市郡明日香村野口

TOPへ

奈良県の関連施設

奈良文化財研究所飛鳥資料館
ならぶんかざいけんきゅうじょあすかしりょうかん

奈良文化財研究所飛鳥資料館

持統天皇が藤原京へ遷都するまでの約100年間、天皇の宮殿が継続的に営まれた「飛鳥」の歴史と文化を紹介する博物館。奈良文化財研究所が長年にわたり行ってきた発掘調査で出土した土器・瓦をはじめ、天武・持統天皇が造営に尽力した山田寺の東面回廊などが展示されている。また、庭園には亀石や猿石などの復元された石像物が展示され、四季折々の花とともに季節の移ろいを感じることができる。


公式サイト


 所在地   奈良県高市郡明日香村奥山601

TOPへ

奈良県立万葉文化館
ならけんりつまんようぶんかかん

奈良県立万葉文化館

天武・持統天皇の歌も納められた「万葉集」をテーマに、古代文化を楽しみながら学ぶことができるミュージアム。万葉集の歌をモチーフにした万葉日本画や、額田王などの万葉歌人を人形と映像等で紹介する劇場、当時の人々の暮らしが分かる展示など、万葉の世界を体験できる様々な展示がある。庭園には飛鳥池工房遺跡の復原展示もある。


公式サイト


 所在地   奈良県高市郡明日香村飛鳥10

TOPへ

奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
ならけんりつかしはらこうこがくけんきゅうしょ ふぞくはくぶつかん

奈良県立橿原考古学研究所附属博物館

常設展「大和の考古学」では、橿原考古学研究所が1938年以来行ってきた発掘調査で出土した実物資料を中心に、日本史の中で重要な位置を占める奈良県の歴史を時代別に紹介。「飛鳥・奈良時代」のコーナーでは、飛鳥宮の復元模型や、出土遺物などが展示され、天武・持統天皇の国づくりに触れることができる。


公式サイト


 所在地   奈良県橿原市畝傍町50-2

TOPへ

橿原市藤原京資料室
かしはらしふじわらきょうしりょうしつ

橿原市藤原京資料室

天武天皇が造営に着手し、持統天皇が完成させた日本初の都・藤原京の魅力を紹介している。藤原京の大型模型(1,000分の1)や柱や瓦などを展示しているほか、映像コーナーでは当時の藤原京の様子を詳しく再現したコンピューターグラフィックス(CG)や、人々の暮らしをわかりやすく描いたアニメーションを見ることができる。


公式サイト


 所在地   奈良県橿原市縄手町178-1(JAならけん橿原東部経済センター2階)

TOPへ

 ステージ

なら記紀・万葉プロジェクト二人が築いた日本の礎 ⁄天武天皇・持統天皇 ゆかりの地

天武天皇・持統天皇 ゆかりの地

n1 n2
n3 n4
n5 n6
n7 n8
n9 n10
n11 n12

飛鳥宮跡
あすかきゅうせき

飛鳥宮跡

写真提供:明日香村教育委員会

飛鳥宮跡は舒明天皇が造った飛鳥岡本宮から、子の天武天皇とその妻の持統天皇の飛鳥浄御原宮に至る宮殿遺跡。1か所に歴代の天皇が宮を構えたことで、飛鳥が政治の中心となった。飛鳥浄御原宮では令の制定や史書の編纂が命じられた。飛鳥宮跡は、まさに律令国家の礎を築いた舞台だった。


 所在地   奈良県高市郡明日香村岡

TOPへ

本薬師寺跡
もとやくしじあと

本薬師寺跡

写真提供:橿原市

薬師寺は680年、天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を願って建立を発願した寺。東西2塔が並び立つ新しい伽藍配置が採用され、藤原京(奈良県橿原市)で698年頃に完成した。寺は平城遷都に伴って現在の場所(奈良市)に移った。橿原市にある遺構は「本薬師寺跡」と呼ばれ、国特別史跡に指定されている。


 所在地   奈良県橿原市城殿町

TOPへ

薬師寺
やくしじ

薬師寺

写真提供:一般財団法人奈良県ビジターズビューロー

平城遷都に伴い718年に藤原京から現在の場所に移った薬師寺。戦火などで建物の多くが失われたが、1960年代以降、金堂や西塔など白鳳伽藍の復興が進み、1998年に「古都奈良の文化財」の構成資産として世界文化遺産に登録された。東塔(国宝)は、大小の屋根が重なるリズミカルな美しさから「凍れる音楽」と称されている。


公式サイト


 所在地   奈良県奈良市西ノ京町457

TOPへ

藤原宮跡
ふじわらきゅうせき

藤原宮跡

写真提供:橿原市

大和三山に囲まれた藤原宮は、律令国家が完成した場であり、中国にならった碁盤目状の条坊道路を備えた都・藤原京の中心にあった宮殿。天武天皇が造営を始め、その妻・持統天皇が飛鳥浄御原宮(奈良県明日香村)から遷宮した。大極殿や朝堂などの建物は仏教寺院以外で初めて瓦ぶきが採用された。現在では、朱色の列柱が並び、かつての門の位置を知ることができる。


 所在地   奈良県橿原市高殿町ほか

TOPへ

大和三山
やまとさんざん

大和三山

写真提供:橿原市

大和三山は、香具山(かぐやま)・畝傍山(うねびやま)・耳成山(みみなしやま)をいう。三山は古来、神の宿る山として神聖視され、多くの歌人に愛されてきた。持統天皇は「春過ぎて 夏来るらし 白たへの 衣干したり 天の香具山」と季節の移ろいを詠んだ。どの山も標高200メートルに満たず、三山の中心に位置する藤原宮を優しく見守っているようである。

TOPへ

廣瀬大社
ひろせたいしゃ

廣瀬大社

『日本書紀』には、天武天皇が675年に廣瀬の河曲に水の神である大忌神を祀らせたとある。これが廣瀬神社である。以来、戦国時代に途絶えるまで、毎年4月と7月に朝廷より勅使が遣わされ、龍田の風神と共に祭祀が執り行われてきた。現在では、毎年2月に牛や農民に扮した氏子と参拝者が雨に見立てた砂をかけ合い、五穀豊穣と厄よけを願う奇祭「砂かけ祭」が開催されている。


公式サイト


 所在地   奈良県北葛城郡河合町川合99

TOPへ

龍田大社
たつたたいしゃ

龍田大社

天武天皇は、風水を治めれば天下が安泰するとして、水の神を祀る廣瀬神社と一対の社として龍田大社に風神を祀った。以来、天武・持統朝において繰り返し勅使を遣わし祀ったとされている。毎年7月に行われる「風鎮大祭」は、風水害を防ぎ、五穀豊穣などを祈るもので、剱舞や民踊などの神賑奉納行事が行われ、「風神花火」も奉納される。


公式サイト


 所在地   奈良県生駒郡三郷町立野南1丁目29-1

TOPへ

天武・持統天皇陵(野口王墓古墳)
てんむ・じとうてんのうりょう(のぐちのおうぼこふん)

天武・持統天皇陵(野口王墓古墳)

写真提供:明日香村教育委員会

天武天皇と持統天皇の合葬陵。『日本書紀』によると、687年に前年亡くなった天武天皇のために子の草壁皇子によって築かれ、後年(702年)に崩御した持統天皇は天皇として初めて火葬され、銀製の骨壷に納められ703年に合葬されたとある。鎌倉時代の盗掘記録が見つかり、その内容から陵墓と被葬者がほぼ間違いなく合致している、数少ない例といわれる。


 所在地   奈良県高市郡明日香村野口

TOPへ

奈良県の関連施設

奈良文化財研究所飛鳥資料館
ならぶんかざいけんきゅうじょあすかしりょうかん

奈良文化財研究所飛鳥資料館

持統天皇が藤原京へ遷都するまでの約100年間、天皇の宮殿が継続的に営まれた「飛鳥」の歴史と文化を紹介する博物館。奈良文化財研究所が長年にわたり行ってきた発掘調査で出土した土器・瓦をはじめ、天武・持統天皇が造営に尽力した山田寺の東面回廊などが展示されている。また、庭園には亀石や猿石などの復元された石像物が展示され、四季折々の花とともに季節の移ろいを感じることができる。


公式サイト


 所在地   奈良県高市郡明日香村奥山601

TOPへ

奈良県立万葉文化館
ならけんりつまんようぶんかかん

奈良県立万葉文化館

天武・持統天皇の歌も納められた「万葉集」をテーマに、古代文化を楽しみながら学ぶことができるミュージアム。万葉集の歌をモチーフにした万葉日本画や、額田王などの万葉歌人を人形と映像等で紹介する劇場、当時の人々の暮らしが分かる展示など、万葉の世界を体験できる様々な展示がある。庭園には飛鳥池工房遺跡の復原展示もある。


公式サイト


 所在地   奈良県高市郡明日香村飛鳥10

TOPへ

奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
ならけんりつかしはらこうこがくけんきゅうしょ ふぞくはくぶつかん

奈良県立橿原考古学研究所附属博物館

常設展「大和の考古学」では、橿原考古学研究所が1938年以来行ってきた発掘調査で出土した実物資料を中心に、日本史の中で重要な位置を占める奈良県の歴史を時代別に紹介。「飛鳥・奈良時代」のコーナーでは、飛鳥宮の復元模型や、出土遺物などが展示され、天武・持統天皇の国づくりに触れることができる。


公式サイト


 所在地   奈良県橿原市畝傍町50-2

TOPへ

橿原市藤原京資料室
かしはらしふじわらきょうしりょうしつ

橿原市藤原京資料室

天武天皇が造営に着手し、持統天皇が完成させた日本初の都・藤原京の魅力を紹介している。藤原京の大型模型(1,000分の1)や柱や瓦などを展示しているほか、映像コーナーでは当時の藤原京の様子を詳しく再現したコンピューターグラフィックス(CG)や、人々の暮らしをわかりやすく描いたアニメーションを見ることができる。


公式サイト


 所在地   奈良県橿原市縄手町178-1(JAならけん橿原東部経済センター2階)

TOPへ

文化庁ロゴ
令和5年度 文化庁 文化芸術創造拠点形成事業

文化庁ロゴ
令和5年度 文化庁 文化芸術創造拠点形成事業