宇宙線ミューオンで
古墳のナゾに挑むなど、
歴史の壁を最新技術で打ち破る。
考古学の発掘調査にはコツコツと手で掘るイメージが強いですが、実は今、テクノロジーを活用した調査方法が行われています。小型航空機から古墳にレーザー照射?人体の内部を撮影するレントゲンのような方法で日本最古の古墳の内部を透視?と歴史と科学がつながる最新の考古学調査について、橿原考古学研究所の西藤さんにお話をうかがいました。
奈良県立橿原考古学研究所
技術アドバイザー
西藤 清秀さん
ここ橿原考古学研究所は
どのような機関なのですか?
1938(昭和13)年に京都大学の末永雅雄氏が初代所長として橿原遺跡の調査を行ったことを原点とする、県立の埋蔵文化財調査研究機関です。ご存知のように奈良は「日本国発祥の地」とも言われ、県内には大規模な古墳群や集落跡、飛鳥や藤原、平城の宮都の跡が残されています。当研究所はこうした遺跡や文化財の調査研究を行うとともに、その成果を広く発信し、またシリアや中国、韓国、ベトナムなどの調査にも参画して研究交流を深めています。私自身、22年間シリアでの現地調査に携わり、現在はバーレーンで調査を行っています。
発掘調査はこれまで
どのような方法で行われてきたのでしょうか。
奈良県内は「掘れば何かが出土する可能性が極めて高い」土地なので、新たな道路や建築物の予定が決まると工事範囲と遺跡の分布を記した地図とで、遺跡があるかどうかの照合を行ってから『試し掘り』を行います。この試し掘りとは、浅く丁寧にパワーシャベルを使いながら基本的には「人の手」で進めます。ゆっくりと掘り進めながら土の色の変化を見極め、柵や井戸、建物の痕跡などがないかを確認していきます。歴史的に重要な遺構や遺物が出てくることも大いにあります。
「人の手」が中心だった発掘から
現在は遺跡の調査に
科学的な手法を取り入れられているそうですね。
橿原考古学研究所が日本で最初に古墳の測量に航空レーザーを使ったのが2009年、今ではもう当たり前の計測方法です。ヘリコプターなどの小型航空機からレーザー光を照射して地形の凹凸を読み取るシステムで、主に自然災害や火山の地形測量に使用されていました。この手法なら大規模な古墳の計測に使えるとひらめき、採用に至ったのです。
古墳の多くは木々が生い茂って姿が隠れており、航空写真では判別できないことがたくさんありました。それがこのレーザー計測システムを使うことで、樹木に覆われていても地盤だけの高密度かつ高精度な計測ができ、しかも起伏の状態まで赤色立体地図として加工できます。このシステムで箸墓(はしはか)古墳を計測し、後円部5段、前方部3段の段築があることが明らかになりました。
卑弥呼に関わると言われる箸墓古墳の調査に、
宇宙線ミューオンを活用されているそうですね。
古墳の中には宮内庁管理の箸墓古墳のように、立ち入り調査が不可能な場合があります。先ほどのレーザー計測システムは墳丘地表面を視覚化することに優れていますが、古墳の中の情報まで得ることはできません。そのため、人が立ち入ることなく古墳内の構造を知る方法として、ミューオンラジオグラフィーという素粒子物理学を応用した透視画像に挑戦しています。
ミューオンとは宇宙線として常時空から地表に降り注いでいる素粒子です。これをレントゲン(X
線)写真と同様の原理で古墳内に通し、貫通したミューオンの本数を専用のフィルムで測定して内部を透視する仕組みです。これまで複数の古墳で試験的に計測を行い、透視画像の精度を確認してきました。箸墓古墳については時間をかけてミューオンによる計測を進めている段階であり、まだ内部の構造が明らかにはなっていません。慎重に調査を進めて、謎に包まれた古墳を解明できたらと思っています。
科学の力で奈良の歴史の扉が開くことに
とてもワクワクします。
そうですね。考古学の調査方法は、最新のテクノロジーを活用した手法を取り入れることで、わからなかったことが解明されやすくなってきました。科学の力で古代の風景や人の営みがより具体的に見えてくるかもしれません。かつて奈良の人がこの場所でどのような暮らしをしていたのかを知る手がかりを得ることは、考古学調査の大きな魅力だと感じています。