レポート記事

2022.10.04

構造設計家・佐藤 淳氏が手がける奈良の木を使ったプロジェクト。新たな構造体への挑戦


執筆:中村 光恵 (リトルメディア)
撮影:小笠原 孝一


東京・表参道のサニーヒルズ(設計:隈研吾)、武蔵野美術大学美術館・図書館(設計:藤本壮介)、神奈川工科大学多目的広場(設計:石上純也)といった有名な建築において構造設計を行い、2019 年から、奈良県庁奈良の木ブランド課が企画するさまざまなイベントにてレクチャーを行なっている構造設計者であり東京大学准教授の佐藤淳氏。

そんな佐藤氏による奈良の木を使ったプロジェクトが、東京大学駒場キャンパスの駒場博物館をメイン会場とした「森に棲む月に棲む建築構造デザイン展」にて発表されました。(2022 年 7 月 16 日〜 9 月 11日まで。現在は終了)この展覧会は、2010 年度から設置された東京大学建築構成材デザイン工学(AGC 旭硝子)寄付講座で実践されてきたさまざまな取り組みの集大成を紹介するもの。建築で扱われる素材について、その特性を生かした建築形態を探り、材料、力学、幾何学に基づいた構造デザインの新たな追求に関する研究・実践の具体的な成果が展示され、多くの人が足を運びました。今回は佐藤氏が発表した作品をご紹介していきたいと思います。

6つのカテゴリーに分けられた展示会

構造設計の領域からアイデアを提案し、数々の建築家と新たな建築の創造を手がけると共に、東京大学においては素材や構法、構造形式を組み合わせた新たな構造デザインを学生と共に探求し、さまざまなチャレンジを続ける佐藤氏。展覧会では 10年以上にわたり取り組んできた 40 ほどのプロジェクトが、6 つのカテゴリー(1. 半透明を生み出す力学/ 2. こもれびに棲む/ 3. 自由な形状を生み出す幾何学/ 4. 壊れても死なない構造/ 5. エンジニアリングは省略の技/ 6. 月/火星に棲む)に分けられた構成で、原寸大のモックアップや映像、スケッチ、図面等を通して紹介されました。

奈良の木を用いたプロジェクトは、
3. 自由な形状を生み出す幾何学というカテゴリーで「自由交叉木組の棚「すすき」(2021)」(2cm 角の吉野桧を使用)
4. 壊れても死なない構造というカテゴリーで「極薄和紙の巣 ,2019」(3mm 角の吉野桧を使用)、「Hanafubuki, 2020」(3mm 角の吉野桧を使用)が展示されました。

壊れても死なない構造 -より軽い材料で建築をつくる挑戦

佐藤氏が長年のテーマとして取り組んでいるのが「災害で壊れても人が死なない構造のあり方」です。大きな地震や自然災害が起きた際、人の命を守るべき建築は時にその重さ(自重)によって人の命を奪ってしまうことがあります。建築を作る構造をより軽い材料で成立させることができたら、例え壊れて人の上に落ちてきても命を奪うことはありません。丈夫で人の生活を守り、かつ軽くて壊れても命を奪わない構造体を実現する。この考え方に基づくさまざまな試行が続けられ、そのひとつとして制作されたのが「極薄和紙の巣,2019」です。

この作品は自然素材のみで作られており、細い木材を複数本曲げて結束し、そこに和紙を貼って安定化させた38個のパーツをつくり、パーツの端部をワイヤー(銅線)で接合しながら全体がつくられています。メインの木は長さ2m、3mm角の極細の吉野桧を使用。最薄の和紙は草木染めを施し、基礎部は石と接合されています。

  • 草木染めが施された世界最薄の和紙
  • 曲げた細い桧に和紙を貼って安定化させる、ベンディングアクティブを利用した構造
  • パーツ同士の接合は銅線を技巧的に巻きつけている
  • 足元部分にはキャンパスの石が括り付けられて基礎になっている
  • 3mm 角の吉野桧 (写真左) / 細い材の撓み。左が欅で右が吉野桧。桧は柔らかく、加工しやすい (写真右)
    (リトルメディア提供)
  • パーツ製作の様子。細い木材に薄い和紙を張って糊で止める作業
    (リトルメディア提供)
  • 「極薄和紙の巣 , 2019」のために作成された初期の小型モックアップ
    (リトルメディア提供)

自由な形状を生み出す幾何学 – 木で自由な形態をつくる

もうひとつの作品が「自由交叉木組の棚「すすき」(2021)」です。この作品は吉野桧を 2cm 角に製材し、縦材 48 本、横材 42 本、縦材が「すすき」のように横材を紡いでつくられています。それぞれの材を止めるために金物は一切使われておらず、昔の木造建築がそうであったように、木と木を組み合わせる接合、相欠き(あいがき)という手法で組み立てられています。

  • 縦材と横材が噛み合わさって接合されているのがわかる

この作品について佐藤氏はこう振り返ります。

「伝統的な相欠きの手法を発展させ、材と材を斜めや捻りなど、自由に交叉させて構造として成立させることを目論見、難解な刻み形状を特定することに成功しました。その断面があまりにも複雑になるため、組み合わせるための相欠き部分を機械によって削ることができませんでした。

機械ができない削り(刻み)を、たった一人の家具大工の方が「鑿(のみ)」と「小刀」だけを使って数ヶ月をかけて刻みました。縦材 48 本、横材 42 本の組み立ては 6人がかりになりました。縦材同士を噛み合わせて安定させ、そこにできた空隙に横材を滑り込ませます。これを繰り返して、建て逃げ(端から建てていく方式)で組んでいきました」。

  • オレンジとピンクの部材は3Dプリンターによって試作されたもの。右は組み合わせた二つの部材

「極薄和紙の巣 ,2019」はあえて木の柔らかさを使い、「自由交叉木組の棚「すすき」(2021)」は現代の解析・接合技術を用いています。それぞれに今までにない木の構造が展開されていますが、実現するためには素材としての木の質がとても大切だったそうです。

では今回、奈良の木が挑戦的なふたつのプロジェクトを実現させた理由は何だったのでしょうか。

繊細な木の構造に適した奈良の木

木は自然素材であるが故の柔らかさがあるため、刻みの技術が発達してきました。しかし、神社仏閣の柱や梁に使ってきた今までの歴史の中で、材を数多く整列させる木組が主で、自由形状の構造体の素材として注目されることはほとんどありませんでした。

佐藤氏は素材としての木を、より細い状態で使い、木をできるだけ素の状態で使いながら、新たな構造形式を模索し続けています。これは、森のような木洩れ陽のある空間づくりをひとつのテーマとしてきた佐藤氏独自の木のあり方への挑戦にもなります。

  • 佐藤 淳氏に作品について語っていただいた

しかし、柔らかい素材である木は、細くすることの危うさが多々あります。
細く長い材を製材することの難しさ、細い材がつくれたとしても強度が失われ、極端に折れやすくなるのです。樹種や育て方によっても素材としての性質が大きく変わってきます。できるだけ細い木を使いたいとのリクエストに対して、木の素材ならではの悩みを解決したのが、「奈良の木」でした。

実際に使ってみた印象を佐藤氏はこう話します。

「奈良県の木は、丁寧な手入れがされているため木の繊維がまっすぐです。なので、繊維が端から端まで通っていて、細い材にして曲げることでパーツを製作する過程においても、斜めに割れたり折れることがほとんどありませんでした。使ってみて、強度があると共に、粘りがあることを感じる材です。実際に作業している時にこんなに曲げても大丈夫なんだと驚きました。これは密植と間伐の繰り返しによって、長い時間をかけて密な年輪が構成され、かつ繊維が通った状態となる、奈良の木ならではの特徴と言ってよいと思います。

僕が 3mm 角の細さに製材してほしいとお願いした時、奈良県の製材所がすんなりと引き受けてくれたことも実は驚きました。普通は割れてしまうリスクがあるので嫌がられます。笑 きっと大変だったと思うのですが、それが可能な材を日々扱っているからなんなく引き受けられるのだと思いました。奈良県の人たちにとって奈良の木が持っている質は当たり前の感覚なのかもしれません。でもそういう材がつくれていることはすごいことなんです。素晴らしい素材を生み出せている状況を、もっと奈良県内外のみなさんに知ってほしいです」。

未知なる構造への挑戦と、奈良の木の可能性への期待

今回、奈良の木を使ったふたつのプロジェクトのほか、人が月で生活するためのアルミ合金を使った建築構造についての取り組み(月面基地/火星基地 ,2021)も紹介されました。

  • 月面基地/火星基地 ,2021 スタディ模型
  • 1/5 の大さの実際のモックアップ。素材はアルミ合金

今回発表された数々のプロジェクトで培われたエンジニアリングは、人の命を建築がどう守るか、私たちが今までに経験したことがない空間体験、さらには月や火星といった宇宙という未知の世界で人が暮らす場をどうつくれるのか、そういったさまざまな可能性へと繋がっていくものです。
佐藤氏は、「力学・幾何学・デジタル技術を駆使し、極細・極薄を探究した建築構造デザインは、『こもれび』の光で満ちた空間と同時に、壊れても死なない構造を生み出す」と話します。
いくつものプロジェクトはそれぞれに素材も構造形式も異なっており、単体としては個別に完結しているかに見えます。しかしひとつのプロジェクトから得られた知見は次なる新たな展開に生かされており、繋がりながら一連の思考を生み出しているのです。
そのことが示された展覧会となっていました。

人の生活が建築と共にある中で、技術の発展や開発への努力はこれからもどんどん進んでいきます。木という素材も、いま改めて見直され、自然素材であるがゆえの弱点を人間が考える技術によって克服しつつあります。今後どのような可能性が引き出されていくのか、またその時に、奈良の木だからこそ生み出せる新たな木の構造とはどのようなものになるのか。

奈良の木と、佐藤氏の建築構造デザインへの挑戦。今後のさらなる展開を楽しみにしていただけたらと思います。

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