レポート記事

2020.10.30

芸術祭<MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館>に見る“奈良の木”の魅力と新たな可能性

県土の77%を森林が占める森林県・奈良。その中でも山岳地帯の県南部地域と高原が広がる県東部地域を「奥大和」と呼んでいます。コロナの影響で多くの芸術祭が中止になる中、奥大和の自然や大地にインスパイアされたアーティストたちの作品を歩いて体感する芸術祭<MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館>が11月15日(日)まで開催されています。

展示が行われたのは、吉野町、天川村、曽爾村の3つのエリア。それぞれ歴史ある、観光客も多く訪れる場所ですが、古くから林業とも縁の深い地域です。芸術祭には、木にフォーカスして制作された作品もあり、天川村の森の中に展示された建築家・佐野文彦さんの作品もそのひとつ。今回は、芸術祭の作品の中から、”奈良の木”の新たな魅力を探りました。

奥大和の木々に囲まれたエリアの特徴を活かした作品を展示

製材のまちとして有名な吉野町エリアをはじめ、天川村と曽爾村、3つの全てのエリアに展示された、菊池宏子さん+林敬庸さんの作品『千本のひげ根』は、奥大和のヒノキの間伐材の枝を1本ずつ丁寧に磨いて作った1000本の杖を使用した作品。お二人は実際に奥大和を訪れ、役行者が創始した修験道の歴史にインスパイアされて制作したそうです。

  • 菊池宏子+林敬庸『千本のひげ根』(吉野町)
    写真:都甲ユウタ
  • 菊池宏子+林敬庸『千本のひげ根』(吉野町)
    写真:都甲ユウタ

同様に天川村を訪れて現地に触れることで、作品の構想を思いついたのが佐野文彦さんです。普段は、建築家として東京や京都といった街なかを中心にオフィスや商業施設などに携わり、人工的なものの中に自然を取り込む「溶け込みながらも違和感をつくる」斬新なアイデアが印象的ですが、今回はその逆。自然の中に人の手を介した作品を制作することに対して、ましてや、今まで建材として何度となく扱ってきた“奈良の木”の中でも、“生の”奈良の木々に囲まれた作品ともなると「何をつくるのかは、なかなか頭の中にまとまらなかった」と、佐野さん。

天川村は、「天の国、木の国、川の国」といわれ、縄文時代や弥生時代という古くに人が住まず定住に至らなかったといわれるほど、高い山と深い谷、透き通った水が流れる川の土地です。天の川と名付けられた伝承により聖域とされて、約1300年前の役行者による大峯開山以来、世界遺産「大峯奥駈道」の入り口として山岳修験道の根本道場として知られています。

また、天川村は面積の97%が森林に覆われており、200年ほど前からスギやヒノキが植林されてきた歴史のある、“奈良の木”ともかかわりの深い場所です。そういった場所で、建築家としての顔を持つアーティストが何をつくるのか―。山上川沿いをはじめ実際に天川村を歩き大自然を体感して、“木々の中にある岩”を発見し場所が決まったことから動き出したといいます。

奈良の木との関わりの中で生まれた作品

佐野さんは、同業者の中でも“木”に関わりの深い建築家です。それは、京都の中村外二工務店に数寄屋大工として弟子入りした自身のキャリアを物語っています。

樹齢約270年の吉野スギの伐採現場や製材・加工現場をめぐる体験型ツアー<奈良の木見学ツアー>に参加したり、吉野地方の製材所に自ら出向いて木材を見たり、積極的に“奈良の木”のことを知り関わってきたことからもわかります。

最近では、西麻布の料理店「日本料理 ときわ」を手がけて、美しい木目の一枚板カウンターから、天井板、腰板(室内壁下部の木板)まで、随所に”奈良の木”を用いて、茶人でもある店主の精神を反映する空間を生み出しました。

佐野さんにとって奈良の木とは― 「全国的に杉ってすごく育つんですよ。大きさの必要な木材だと、育ち過ぎているから木目がぼけるというか美しさに欠ける。その点、吉野スギは、最初から計算されていて、密植(※)という独自の育成方法で木をゆっくり育てることで木が早く太くなりすぎずに、大きい木材でも木目が細かく見た目が良い。それに、奈良以外の他ブランドの木、銘木産地といわれているのは、ほとんどが天然林なんですよ。奈良は200年300年経っているけど人工林、植林の山です。つまりちゃんと奈良の木をつくり続けることができれば、このまま持続可能な素材であるということも大きいのではないかと思っています」。とくに吉野材は、色・艶・木目が美しいのは当たり前と話す佐野さん自身が木材を使う人であるからこそ、奈良の木を使うことの大切さを実感しているのだと感じます。

※密植(みっしょく)…間隔を開けずに植物を密に植えること。一般的な林業では、1ha(100m四方の面積)あたりに苗木を3,000本植えるのが目安といわれているのに対し、吉野林業では1haあたり8,000〜12,000本植える。

今回の<MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館>では、奈良の木に携わる方々に力を貸してもらったと話す佐野さん。天川村の自然を有意義に使いながらも、作品をつくるのに必要な木材は、馴染みの「吉野中央木材」さんに、また制作は、家具製造と無垢板販売を行う「グリーンフォレスト」さんに協力を依頼して作られたそうです。

作品をつくる天川村のコース内では、大地に杭を打つことはもちろん、勝手に木を伐採したり枝を折ったりするなどはもってのほか。必要な素材はすべて用意して自分たちの手で搬入するという形となり、作品の構想上必要な木材を信頼できる吉野材にしたそうです。佐野さんは「吉野の木材を扱う人々にとっても、いつもとは全く違う作業となり、ちょっと刺激になったかもしれません」とひと言。

木材としてはもちろんですが、アート作品としての価値も見えてくる奈良の木。まだ気づかない新しい使い方にもつながりそうです。

聖地・天川村を意識させる木々と融合するアート

作品名は『関係-気配』。天川村エリアのコースを歩いて見ていただく方々に「これはココにあったもの?それとも作られたもの?」と、気配を感じさせて作品だと気づかせてくれる、自然と一体化、溶け合っているアートです。

  • 佐野文彦『関係-気配』

佐野さんは「自然界では起こりえない、直線・水平線・正方形というものを際立たせながらも、自然にあること。通りがかった時に、明らかに何か人為的なことがされているんだけども、材料はこのあたりにあるものと同じに思えるけれど‥‥誰かがやったのかな?という疑問を持たせたり、かすかな違和感があったりするといいなと思います。」と考えたそう。

吉野スギを土台にして枠をつくり、その上に枯れて落ちた杉の枝葉をどんどん置いていくと、みごとに杉の舞台が完成。

  • 土台の枠組みの吉野スギ

右奥には、そもそもここにあったという苔むした尖がり岩があります。それはまるで日本人の信仰の原点でもある、神が宿りし岩「磐座(いわくら)」のようで、聖なる場所であることを思い出させ神々しく思えます。時間帯や角度により、人工物のミラーシートの透過度合が変化し、向こう側が見えたり見えなかったりするのも神秘的。何よりミラーシートに映ることで、実際の木の本数よりも多くの木に囲まれていることを感じられます。

また、作品の手前には、苔むした石が置いてあり、そこに誰が置いていくのか、お賽銭のようなものが。磐座信仰、聖なるものであることを感じさせる、まさに数年前から天川村にあったかのようなシチュエーションにより、「私たちが自然とともにあること」について考えさせられます。

自然を借景に心揺さぶられる今回の<MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館>。木々の中を歩くことで、五感を使い落ち着いた穏やかな心を取り戻せるだけでなく、奈良の自然を愛おしく思える時間がそこにあります。

EVENT INFORMATION

MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館

期間 2020年10月3日(土)〜11月15日(日)
会場 奈良県・吉野町、天川村、曽爾村
入場料 無料
主催 奥大和地域誘客促進事業実行委員会、奈良県
協力 株式会社ヤマップ
プロデューサー 齋藤精一(ライゾマティクス・アーキテクチャー代表)
キュレーター 林曉甫(特定非営利活動法人 インビジブル理事長)
参加アーティスト 井口皓太、上野千蔵、oblaat、菊池宏子+林敬庸、木村充伯、毛原大樹、齋藤精一、佐野文彦、力石咲、中﨑透、ニシジマ・アツシ、細井美裕
[NARA *奈良在住アーティスト]
北浦和也、小松原智史、坂本和之、武田晋一、西岡潔
[NARA program *奈良在住アーティストによる特別展示等]
飯田華那、逢香、タカホリイ、松田大児
URL https://mindtrail.okuyamato.jp/

取材・文:土井淑子
写真:増田えみ
写真提供:佐野文彦/都甲ユウタ/日本料理 ときわ

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