記紀・万葉講座

「首都圏記紀シンポジウム~古事記と時間軸~」

 記紀・万葉プロジェクト/首都圏記紀シンポジウム~古事記と時間軸~

 2013年1月27日(日)
 会場・銀座ブロッサム(中央会館)

チラシにリンク

プログラム
第1部 ●主催者代表挨拶
 奈良県知事 荒井正吾
基調講演
 「古事記誕生の始原にさかのぼる」
  ~文字文化以前の東アジア神話歌謡・歌垣から考察する古事記のルーツ~
  / 大東文化大学 教授 工藤隆 氏  
第2部 ●古事記コンサート
 「現在に生きる古事記歌謡の心」 / 歌枕直美
●古事記ゆかりの県知事サミット
 「神話的風土としての連帯」
 ◇パネリスト
   奈良県知事   荒井正吾
   三重県知事   鈴木英敬 氏
   和歌山県知事   仁坂吉信 氏
   島根県知事   溝口善兵衛 氏
   宮崎県知事   河野俊嗣 氏
 ◇コメンテーター
   大東文化大学 教授 工藤隆 氏
 ◇コーディネーター
   くらしと文化研究所 主宰 音田昌子  

 本シンポジウムは、日本書紀完成1300年にあたる2020年に向けてのセカンドキックオフイベントとして開催された。

 

第1部

主催者代表挨拶

  荒井正吾・奈良県知事が主催者を代表して挨拶。「きょうは『古事記』上程の日から1301年と1日」として、『古事記』の序文を紹介。ゆかりの深い各県にまつわるエピソードに触れ、「より一層『古事記』の世界に親しむ機会としていただきたい」と語った。

 官服を着て、挨拶する荒井奈良県知事

官服を着て、挨拶する荒井奈良県知事

 

基調講演

  「古事記誕生の始原にさかのぼる」

  ~文字化以前の東アジア神話歌謡・歌垣から考察する古事記のルーツ~

 前半は「古事記誕生の始原にさかのぼる」と題して、『古事記』を古代国家の形成と無文字文化の歴史と結びつける考察がなされた。まず、「神話とは、自己及びその所属する集団を『良きもの』として語る幻想の物語」と定義。『古事記』研究を、「日本的なるものの根源の財産として、過去に発するアイデンティティーを把握し直す試み」と位置付けた。また、『古事記』誕生の712年前後を、伊勢神宮を頂点とする国家祭祀と天皇制の体系の完成期とし、「古代の近代化」がなされたと説明。

 

 文字で書かれた最古の書物である『古事記』は、縄文時代からの無文字のことば表現文化の集積。神話の形成が「神話の現場の8段階モデル」によって考察された。ムラの祭式で呪術師等が歌う原型的な神話から、クニの形成、征服戦争、文字文化との接触などを経て、国家の誕生によって神話が一つにまとめられる過程が語られた。

 

 無文字時代の神話を考察する手掛かりとなるのが、原型生存文化。そのモデルとして、水田稲作、照葉樹林帯、アニミズム、草木言語、自然との共生と節度ある欲望など、古代日本との共通点を多く持つ、長江流域少数民族が取り上げられた。

 

 後半は「『神話と歌垣』現地調査・映像資料」として、工藤氏自身の取材による長江流域少数民族の記録映像を上映。雲南省のワ族やジンポー族の人々が、メロディーに乗せて神話を語り、若い男女が歌垣で即興の歌を交わす様子を紹介し、「こういった資料を基に、日本古代文学が捉えていた神話や歌垣のイメージが理論的に変化しつつある」と説明した。

 

 原型生存文化と古代日本に共通する、自然との共生と節度ある欲望は、エコロジーの思想と同じ。アニミズム系文化を有する近代国家は、日本の他に存在しない。近代文明をアニミズム系文化に引き寄せていけば、21世紀の日本、そして地球は、より良い環境になる」と結んだ。

映像を使用して語る工藤氏
映像を使用して語る工藤氏

第2部

古事記コンサート

 「現在に生きる古事記歌謡の心」

歌枕直美氏によるコンサート
歌枕直美氏によるコンサート

 

古事記ゆかりの県知事サミット

 

 「神話的風土としての連帯」

 荒井・奈良県知事、鈴木・三重県知事、仁坂・和歌山県知事、溝口・島根県知事、河野・宮崎県知事、大東文化大学教授の工藤隆氏が登壇。コーディネーターに、くらしと文化研究所主宰の音田昌子氏を迎え、「神話的風土としての連帯」というテーマで、『古事記』ゆかりのエピソードを中心に各県の魅力が語られた。

 

 まず、くらしと文化研究所主宰の音田氏が、『古事記』を編纂した太安万侶の遺骨から浮かび上がるプロフィールを親しみやすく紹介し、「古代と現代の生活は時間軸でつながっている」と述べた。

 

 荒井・奈良県知事は、『古事記』上巻の朗読CDを流し、「『古事記』は、漢字を使って日本語式に表現し、訓読み・音読みの世界をつくった、初めての日本式書物」と語った。また、優れた『古事記』関連書籍を表彰する「古事記出版大賞」の受賞作品を紹介した。

 

 鈴木・三重県知事は、三重という県名は、倭建命(やまとたけるのみこと)の東征に由来すると説明。県内に多数存在する『古事記』由来の神社や史跡を紹介した。また、今年伊勢神宮で行われる第62回神宮式年遷宮と、それにまつわる常若(とこわか)の思想、解体された正殿の柱が60年にわたってリサイクルされる仕組みなどが語られた。

 

 仁坂・和歌山県知事は、県ゆかりの記紀・万葉の登場人物として、武内宿禰(たけのうちのすくね)と有間皇子(ありまのみこ)を紹介。さらに、神武天皇が東征の際に和歌山県に上陸した経緯を説明し、その地域が、後に熊野古道として生まれ変わったと語った。

 

 溝口・島根県知事は、大国主命(おおくにぬしのみこと)の国造り・国譲り神話を紹介。近年、出雲大社の地下で発見された巨大な柱、県内遺跡から出土した大量の銅剣・銅鐸等は、古代出雲の豊かさを裏付ける物証と語った。また、今年5月に出雲大社で行われる、60年に一度の遷宮等についても紹介した。

 

 河野・宮崎県知事は、「神話のふるさと宮崎」として、高千穂町と高原町の高千穂峰、西都原、青島、日南の鵜戸神宮など、天孫降臨の邇邇芸命(ににぎのみこと)ゆかりの地域を紹介。さらに、県下全域で行われる神楽や、神話巡りのバスツアーなどをPRした。

 

 大東文化大学教授の工藤隆氏は、経済学的な観点から、「伊勢と出雲の遷宮に掛かる巨額の経費が、国家の補助なしで集まるのはすごいこと。日本人の意識の中に、それを支える感覚がある」と考察。宮崎県高千穂町の天安河原で豪雨に襲われた経験に触れ、「『アル』という大和言葉は、『生まれる』と『荒れる』の2つの意味を持つ。アニミズムの原点であるこの2つの感覚を、いかに近代文明と融合させていくかが課題」と述べた。

 

 後半は、本サミットのテーマである「神話的風土としての連帯」という視点から、各知事のコメントを頂いた。

 

 河野知事は、『古事記』を1300年にわたって語り継いできた日本人の「縦の連携」、近畿・出雲・日向など、各地域が記紀という物語を介してつながる「横の連携」を指摘。「今後もイベント等を通じ、縦横の連携を大切に、物語を語り継いでいきたい」と述べた。

 

 溝口知事は、「古代日本は近隣諸国と活発な交流をしていた。さらに、神々の世界は時空を超越したダイナミックなもの。現代の若者が、そういう古い世界に対する関心を深めているのは良い傾向。出雲と伊勢の遷宮が重なる今年は、より多くの地域と連携を強化して活動していきたい」と語った。

 

 仁坂知事は、「アニミズムというのは、熊野信仰でいう『寛容』の世界。熊野神道は、老若男女、貴賤、浄不浄を問わない。信不信さえ問わず、他宗教の者でも受け入れる。この日本古来の寛容の精神が広まれば、世界はもっと平和になるはず」とコメントした。

 

 鈴木知事は、三重県と他県との連携の具体例として、島根県立古代出雲歴史博物館・奈良県立万葉文化館・三重県立斎宮歴史博物館の連携協定を紹介。また、同3県のアンテナショップが日本橋に並んで出店すること、島根県との連携による「究極のお伊勢参り講座」の開催をPRした。

 

 荒井知事は、「『古事記』編纂は、天武天皇が唐・新羅という西の大国に対峙するため、国家としてのアイデンティティーを確立しようとした試みではないか。これは今の日本に通じる状況」と指摘。また、「黄泉の国という世界観は日本独特。息子を事件で亡くした母の『早く死んであの世で会いたい』という言葉に、『古事記』の世界に通じるものを感じた」と語った。

 

 音田氏が、「本日伺ったお話を実感するために、ぜひ5県の地を訪ねて確かめていただきたい。実際にその土地の自然の中に身を置くと、古代の人と魂が通い合うような体験ができる。私たちが『古事記』の精神をいかに学んで、それを次世代に伝えていけるかが一つの宿題」と締めくくり、古事記ゆかりの県知事サミットは終了した。

 

荒井奈良県知事と各県知事によるサミット
荒井奈良県知事と各県知事よるサミット