第2回 小杉早苗さん 「日本の伝統文化とファッションデザイン」~日本のデザイナーが発信するデザインの核心・原点 講演要旨
世界のファッション界のトレンドを今も牽引するパリコレクションで活躍するデザイナーは、出身国別で日本がトップです。そして世界中のファッション関係者からは、「日本のデザイナーは面白い」「どうして日本から数多くの優れたデザイナーが輩出されるのか」とよく聞かれます。私はそんなとき、いつも日本人が古来、積み重ねてきた日本人独特の感性や美学について話します。
日本には、はじめて国家が形成された奈良の地から連綿と続いてきた文化があります。私が長年教職を務めてきた文化服装学院では、奈良のテキスタイルを使い、奈良の高校生たちをモデルにしたファッションショーを毎夏、奈良県で開催しています。もう7年にもなりますが、学生たちは「はじまりの地~奈良」で培われてきた伝統文化と出会い、大きな刺激を得て斬新な創作にチャレンジしています。こうした日本の伝統、伝統の中に潜在する意識とか、感性が、やがて世界中の人々の心を揺らすデザインを生むエネルギーとなるのです。
北海道から沖縄まで南北に長い地形、周囲を取り囲む海、温暖の差が激しい自然、神道や仏教などの信仰を背景にした倫理観など、独特の地勢や気候といった自然環境を背景に、日本は世界の他の国や地域の中で比類ない特徴を持っています。そして農耕民族である日本人は、森羅万象ともいえる、あらゆる自然の事象に美を見出してきました。
春は「花見」、夏は「蛍狩り」、秋は「月見」、冬は「雪見」など、四季折々の自然の中に、美しさや儚さを想う心を紡いできたのです。常に自然と対峙し、自然を畏怖することから生まれた日本人の心の傾きは、やがて時代とともに「幽玄」「詫び寂び」「雅」「粋」などといった美意識へと進化を遂げました。
私たち日本人ならば誰しも違和感を唱えることのない「床の間」は、家の中ではとても重要な場所に置かれています。しかし何に利用するわけでもありません。ただ、「美」というものを見つめる場所なのです。「生け花」も西洋とは大きく異なります。西洋では花そのものだけを飾ります。しかし、日本の生け花では花だけでなく、茎はもちろん、葉や樹も削り落とすことなく飾ります。枯れかけた花にも美を感じます。なぜなら、日本の生け花は「自然そのもの」を美と捉え楽しむからなのです。「水」に対する感受性も異なります。日本人は川や滝といった、上から下に流れる水の姿に美を感じます。しかし西洋では、噴水に代表されるように、下から上へ上る水の風情を好みます。日本人は自然そのものを、一方の西洋人は人工的な美を趣向するのです。他にも建築、庭園、書画、香道、盆栽、能や歌舞伎などの古典芸能などお話すればきりがありませんが、こういった文化の遺伝子のようなものが、いま、世界中の人々を驚嘆させるデザインや技術の大きな源泉になっているのです。それはファッションだけの話ではありません。機械の部品の一つ「歯車」を制作する日本のメーカーがありますが、歯車の直径が0.147mmというものです。お米1粒の1万分の1という大きさです。こんな技術力も、日本人の感性や気質からでないとおそらく生まれなかったでしょう。
日本のファッションを世界に知らしめたのは、私と同時代にファッション界を駆け抜けた、御三家と呼ばれる三宅一生氏、川久保玲氏、山本耀司氏といったクリエイターです。以降、日本のデザイナーたちは彼らに追随するように世界に羽ばたいていきました。私は大学などの講義でよく学生たちに話をしますが、御三家に共通していたのは、センスや技術はもちろんのこと、いずれも深い知性と教養を備えていたことです。「日本人ならではの感性」といった賛辞にご本人たちは異論を唱えるかもしれませんが、彼らの知性と教養を培った背景には、日本人が古来、積み重ねてきた日本人独特の感性や美学をリスペクトする心があったと私は思います。
【講師プロフィール】
小杉 早苗(こすぎ・さなえ)/文化服装学院 元学長
文化服装学院デザイン科卒業。文化服装学院専任教授などを経て、2003年、文化ファッションビジネススクール校長に就任。現在、学校法人文化学園顧問、文化ファッション大学院大学ファッションクリエイション専攻教授を兼務。ほかに経済産業省構造改革審議会審議委員などを務める。専門はアパレル企画、デザインの理論・演習、立体裁断、平面裁断の理論・演習、ファッションショーの企画・演出の理論・演習。著書に「ミセスの普段着」「ミセスのお出かけ着」「エレガントVSカジュアル」(文化出版局)などがある。