第1回 里中満智子さん 「古代日本女性の実力」 講演要旨
古代、飛鳥・奈良時代は衣服や装飾品の色は身分によって決まっていました。これは男性に限らず女性にもあてはまります。言い換えれば、当時は男女の差がなく女性も働き、自立していたということです。
同時代に編まれた「万葉集」から当時の男女の在り方や心境を読みとることができます。
「万葉集」には、恋の歌が多く綴られていますが、男性が意中の女性に恋焦がれる様子を女々しく詠んだものなど、詠み手が男性か女性か判別しにくい歌も多く、それは普段、私たちがイメージする「日本男児」とは到底、かけ離れたものです。しかし、強く逞しい「日本男児」は武士の社会で形成されていった男性像であると私は思うのです。飛鳥・奈良時代の男性たちは、「万葉集」でみるように、自分の恋心を赤裸々に表現できる、とても素直な心を持っていたのでしょう。
次に、時代を遡って神話の時代を紐解いてみましょう。神話や伝説はその民族の価値観を表すとされています。日本神話では、最高神の天照大御神はその名前が表す通り、太陽を司る女神なのですが、これは非常に珍しく、世界の神話と照らし合わせてみると、エジプト神話の太陽神ラー、ギリシャ神話ではアポロンなど、太陽神は男性であるのが一般的なのです。しかし、一説には、天照大御神も男性神であったという説もあります。例えば、須佐之男命が高天原を訪ねた際には、男装した姿で臨戦態勢に臨む姿が記述されていて、そうした記述が、男性説を後押ししているひとつの要因であると思います。ともかく、古代の女性は最高神にされるほど、強い存在として尊重されていたのです。
日本神話では他にも、邇邇芸命と木花咲耶姫の婚姻と出産のエピソードでは、男性の理不尽さと女性の強さを読み解くことができるほか、第14代仲哀天皇の后である神功皇后も男性顔負けの活躍で新羅を討伐するなど、女性の活躍が目立ちます。
実際に日本初の正史、「日本書紀」が編纂された飛鳥・奈良時代には、初の女帝として知られる推古天皇をはじめ、実に6人の女性天皇が日本を治め、その治世は不正が起こりにくかったと言われています。ちなみにこれまでの日本の女性天皇は8人ですから、ほとんどが、この時代に即位したということになります。私は、これほど女性が輝いていた時代は他にはないように思うのです。
「万葉集」には素直に自分の気持ちを詠む男性が登場し、そこには男女の身分差を感じさせることはありません。神話世界の数多くの女性の活躍が記されている日本初の正史「日本書紀」の制作責任もまた女性の天皇です。女性もしっかりと働き、自立し、そして尊敬されたこの飛鳥・奈良時代は、じつは今と大きく変わっていないのではないかと私は思います。
【講師プロフィール】
里中 満智子(さとなか・まちこ)/マンガ家
1964年(高校2年生)「ピアの肖像」で第1回講談社新人漫画賞受賞。代表作に「あした輝く」「アリエスの乙女たち」「海のオーロラ」「あすなろ坂」「狩人の星座」などがある。また歴史を扱った作品も多く持統天皇を主人公とした「天上の虹」は2015年3月に32年かけて完結した。2006年に全作品及び文化活動に対し文部科学大臣賞受賞。2010年文化庁長官表彰受賞。2013年度「マンガ古典文学古事記」古事記出版大賞太安万侶賞受賞。2014年外務大臣表彰受賞。公社)日本漫画家協会常務理事、一社)マンガジャパン代表理事、NPOアジアマンガサミット運営本部代表、デジタルマンガ協会会長、大阪芸術大学キャラクター造形学科学科長などを務める。