各界の識者が語る「わたしの記紀・万葉」

第22回 東洋大学学長 竹村牧男氏

聖徳太子信仰のあり方をたどる
東アジアとのつながりをグローバルな視点で読み解く
新たな聖徳太子と出会えるかもしれません
金谷氏

仏教学と宗教学

専門分野を教えて下さい。
竹村 専門分野は仏教学です。
仏教学は経典や論書などの諸文献を実証的に研究することが基本になるのですが、私はわりあい思想的なことを研究しています。仏教の思想がどういう意味を持っていて、それは現代にどのように生かせるかということまで含めて追究しています。
仏教学と宗教学とは違うのですか。
竹村 宗教学は特定の宗教の立場に立たず、あらゆる宗教を平等に扱い比較研究を行います。

思想的、芸術的、文化的意味を解明し、またグローバルな視点で聖徳太子を捉える

奈良県では平成28年度より聖徳太子プロジェクトを推進しています。 聖徳太子について、先生のお考えを教えてください。
竹村 聖徳太子については、その歴史的事実の詳細が分からないため、「十七条憲法」や「三経義疏」は聖徳太子の著作ではないとか、そもそも聖徳太子はいなかったとかという説まで出ています。しかし一方で、「三経義疏」のうちの一つである「法華義疏」は現物が残っていることもあって、これは日本人が記したとしか考えられない、そして、その日本人は誰かといえば聖徳太子しかあり得ないという説もあります。このように、様々な学説が存在していることからも、簡単には説明できない難しさがあると感じています。
聖徳太子は出家をせず生涯在家でいたことについて、何か意味はあるのでしょうか?
竹村 「三経義疏」において「維摩経」「勝鬘経」「法華経」という三経が取り上げられ、「法華経」は菩薩の使命を一つの大きな主題とするものであり、「維摩経」と「勝鬘経」の主人公が在家の者である維摩居士と勝鬘夫人ということにもその答えを求めることができるかもしれません。実際は宮中や官のあり方などの制限の中で出家はしなかったけれども、いつかは出家しようと思われていたと想像することもできますが、そこはなかなかわかりませんね。ただ、本来仏でありながら、あえて身近な人の姿で現れている維摩居士や勝鬘夫人から、在家仏教の可能性について、深く考えておられたのだろうと思われます。
今後、さらに当該プロジェクトを推進していくためには、どのような方策をとるべきでしょうか。
竹村 聖徳太子の存在の有無は別として、日本人がどのように聖徳太子を讃仰してきたかという歴史の流れをたどることはできると思います。日本人の聖徳太子信仰のあり方は、後世どんどん神格化されていきました。既に日本書紀あたりでも神格化されていますね。それは史実でない可能性があるわけですが、そのような神格化の歴史とか系譜、その中にある文化的な意味、国民にとっての思想的、芸術的、文化的な意味、それらを解明していく、その魅力を発信するという方策をとってはいかがでしょうか。
また、中国や朝鮮半島などの東アジアとのつながりを掘り起こすと、グローバルな視点で新たな聖徳太子の姿に出会うことができるかもしれません。
聖徳太子の存在などには様々な説があるなど、興味深いお話をありがとうございました。
たけむら・まきお
プロフィール
1948年東京都生まれ。東京大学文学部印度哲学・印度文学科卒業。同大学大学院人文科学研究科(印度哲学)博士課程中退。東京大学文学部助手、三重大学人文学部助教授、筑波大学教授(哲学・思想学系)を経て、現職。博士(文学)。名誉教授(筑波大学)。
 専門は仏教学、宗教哲学。著書に『唯識三性説の研究』(春秋社)、『西田幾多郎と鈴木大拙』(大東出版社)、『入門 哲学としての仏教』(講談社現代新書)、『日本仏教 思想のあゆみ』(講談社学術文庫)などがある。