記紀・万葉講座

 「うつわ」で読み解く『日本書紀』

2017年2月19日(日)13時00分~14時40分

会場・奈良市ならまちセンター市民ホール
講師・奈良文化財研究所 研究員 小田裕樹(おだゆうき)氏
演題・「うつわ」で読み解く『日本書紀』


 

講演の内容

 本日は日本書紀の時代、すなわち律令国家の成立を目指し試行錯誤する時代を古代の「うつわ」=食器(土器)を通じて、考古学の視点から読み解いていく。

 古代の「うつわ」の代表的な材質には、金属製(=金銅製や銅製)、木製(=漆器や白木)、そして土製(=土器)と多様な種類がある。今回の講演の中心となる土器は木製品や金属製品に比べ、残りやすい特徴がある。また土器は壊れやすく、次々と作られるため、形の変化を追いやすく、年代のモノサシとして考古学的に重要な遺物である。

 古代の「うつわ」は使う人の官位や階層の違いを反映し、食事の場において多様な材質と大きさや数の組み合わせの違いと関連していた。こうした古代の「うつわ」の特質は、律令国家の成立に伴って生まれたもので、大量の官人層の出現とその特殊な生活形態(饗宴や給食制度)に対応していたと考えられている。

 また朝鮮半島と日本の土器の特徴を比べると、百済の台付椀は蓋と身を一体で作ることで、より忠実に銅鋺を模倣した土器を製作しており、新羅では印花文(スタンプ文)を器面に施すことにより装飾を施す。日本では土師器と須恵器の2種類の食器を組み合わせる点、金属器の光沢を暗文で表現する点などが特徴である。各国の食器は有蓋台付き食器という形態は共通するが、「見た目」に関わる部分が異なっており、ここに各国の食器に対する伝統・美意識など考え方の違いが表れているのではないだろうか。

 以上の飛鳥時代の土器の変化の画期は660~670年代であり、天智朝・天武朝の時代、すなわち律令国家の成立期にあたる。白村江の戦(663年)での敗戦を機に、古代日本が隋・唐を中心とする東アジア世界の一員となるべく、中国式の律令制度に基づく国家体制を構築する過程で、儀式・儀礼の整備がおこなわれていた。その結果、食事作法も含め食器の形や構成が変化したと理解できる。

 1989年の平城京二条大路の発掘調査で内面に円形の列点記号が刻された奈良時代中頃の土師器が出土した。その記号は、刺突による列点で円を描き(外周列点)、円周を6分割する点を起点とし、中心点とを結ぶように列点を刻す(放射状列点)。これと同じ配列の記号を記す遺物は秋田城跡から出土した磚(古代のレンガ)をはじめ全国で8例が確認できる。その中で、岩手県柳之御所遺跡から出土した12世紀の折敷には円を4分割する記号が刻されていた。これらから、列点記号は時代を経て、6分割から4分割に変化したことが考えられる。

 この4分割する記号は、ユンノリという現代韓国の伝統的な双六遊びの盤面と同一の配列である。また、ユンノリは4つの棒の表・裏の組み合わせでコマが進む数を決めるのだが、この組み合わせの呼び名が万葉集の記述と深く関係している。例をあげると、「梓弓末中一伏三起淀めりし君には逢ひぬ嘆きは止まぬ」(巻12-2988)の「一伏三起」は万葉集では「ころ」と呼ぶが、ユンノリの棒の組み合わせでは「コル」と呼び両者は音通する。万葉集の研究成果により、これらの語は、ユンノリの組み合わせに由来する戯書(言葉遊び)と推定されている。さらに、「さ雄鹿の妻問ふ時に月を良み切木四之泣所聞今し来らしも」(巻10-2131)の「切木四」を万葉集では「かり」と読ませているが、この「切木四(かり)」はユンノリでつかう棒を意味していると考えられる。

 以上から、古代日本ではユンノリに似たゲームが言葉遊びとして理解されるほど普及しており、ユンノリの盤面との類似から、円形の列点記号がその盤面であったと考えられる。現状では、出土例が都城・官衙遺跡に限られているので、官人層を中心に普及していたものと考えられる。倭名類聚抄の雑芸部では「樗蒲(ちょぼ)=加利宇知(かりうち)」という遊戯が記されており、この円形の列点記号を用いるゲームは「切木四(かり)」を「うつ」遊戯として、「かりうち」と呼ばれていたと推測される。また、この「樗蒲(かりうち)」は日本書紀や続日本紀に博戯=ばくちとしてたびたび禁令の対象となっていたことが記されている。

 律令国家の成立を目指す日本書紀の時代の基層文化の変容過程や社会・文化の実態を古代の「うつわ」をはじめとする遺構・遺物の考古学的検討から明らかにしていきたい。

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奈良市2

【講師プロフィール】
 1981年生まれ。福岡県北九州市出身。1999年九州大学文学部入学、2005年同大学大学院修士課程修了後、奈良文化財研究所に入所。明日香村石神遺跡、甘樫丘東麓遺跡、橿原市藤原宮朝堂院地区、奈良市平城宮跡東院地区の発掘調査を担当。
 現在、奈良文化財研究所都城発掘調査部考古第二研究室研究員として平城宮・京の発掘調査および出土土器の調査研究をおこなう。専門は歴史考古学。主な研究分野は飛鳥・奈良時代の土器、墓制、宮都構造について。