記紀・万葉講座

「古代歴史文化賞」記念シンポジウム 

日時・2019年2月9日(土)13:00~16:30

会場・銀座ブロッサムホール(東京都中央区銀座)
主催・奈良県 協力・島根県、三重県、和歌山県、宮崎県 後援・読売新聞社

プログラム
主催者挨拶 奈良県副知事 村田崇
第1部 基調講演「和歌以前 儀式でうたうやまと歌」
犬飼隆氏(日本語学者(第6回古代歴史文化賞大賞受賞者))
第2部 古事記朗読と解説「~神話の世界に導かれて~」
佐野史郎氏(俳優)
第3部

パネルディスカッション「いにしえ人のうたと暮らし」

<パネリスト>
犬飼隆氏(日本語学者)
武内恵美子氏(京都市立芸術大学准教授)
井上さやか氏(奈良県立万葉文化館指導研究員)

<コーディネーター>
関口和哉氏(読売新聞大阪本社)


主催者挨拶/開会

村田崇奈良県副知事が主催者として挨拶しました。

村田崇奈良県副知事が主催者として挨拶しました。

第1部

基調講演「和歌以前 儀式でうたう やまと歌」(日本語学者 犬飼隆氏)

古今和歌集仮名序によると、五七五七七の形式は素戔嗚尊(すさのおのみこと)の歌が始まりとされています。そして百済から来て日本に漢学を伝えた王仁(わに)の作とされる「難波津の歌」は、天皇に献上された最初の歌で、歌を始める人がまず学ぶ歌だと書かれています。また、中国最古の漢詩集「詩経」の理論でこの歌を説明していることからも、実は和歌の形式は、日本古来のものではなく中国文化の影響のもと、わが国の行政によって整えられたものだといえます。

ではなぜ儀式でやまと歌をうたうようになったのか。6世紀後半、中国風の儀式制度が魏から高句麗、百済を経由して伝来しました。中国風といっても鮮卑族の国である魏では国ができたとき古来の雅楽は失われており、鮮卑語の歌をうたっていました。この影響から、各国でも自国語の歌詞を漢詩風に整備してうたうようになったと考えられます。

8世紀に入ると遣唐使が中国の最新文化を持ち帰ります。儀式の音楽も中国に倣った唐楽などの外来舞楽が公式となりました。それでも光明皇后が主宰した維摩講(ゆいまこう)での「仏前の唱歌」のように、朝廷主宰でない仏教供養ではやまと歌をうたい、これらも万葉集の素材となりました。

続日本紀には721年、儒学や法律、武芸と並んで和琴と唱歌の師が表彰されたとあり、琴や歌が重視されたことがうかがえます。官人貴族は歌の技能を磨き、この伝統が平安時代に受け継がれました。下級の役人や寺を造る匠なども歌を習いました。こうして世に広くうたわれた歌から選抜編集され、歌集が作られ、いま我々が「和歌」だと思っているものになりました。

第1部1

第2部

朗読と解説 「~神話の世界に導かれて~ 小泉八雲「知られぬ日本の面影」より」(俳優 佐野史郎氏)

第2部では、松江市出身の俳優佐野史郎さんが、松江ゆかりの作家、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の紀行文「知られぬ日本の面影」の一節、「杵築(きづき)」を朗読しました。これは、来日間もない八雲が今の出雲大社である杵築大社を訪ね、本殿に西洋人として初めて昇殿したときのことを綴った作品です。佐野さんは明治期の出雲地方の空気と日本の神道への八雲の視線を、独自の解説や感想を交えながら情感たっぷりに表現し、鑑賞者を魅了しました。

朗読と解説1

第3部

パネルディスカッション 「いにしえ人のうたと暮らし」

犬飼氏(大賞受賞者)
武内恵美子氏(京都市立芸術大学准教授)
井上さやか氏(奈良県立万葉文化館指導研究員)
コーディネーター 関口和哉(読売新聞大阪本社編集局地方部次長)

犬飼氏

大学の卒業論文で万葉仮名の研究をし、万葉集、古事記や日本書紀の写本を調べました。しかし、これらの写本は書き継がれるうちに内容が変化している可能性があります。その点木簡は、その時代に書かれた実物で、普通の役人の手によるものが多く、古事記や万葉集とは違う世界が見えます。木簡の研究から7、8世紀の全体の様子がもっと分かってくるでしょう。和歌は現在でも様々な機会でうたわれます。私たち日本人に広く根付いた誇るべき、特徴的な文化なのです。

井上氏

万葉集は現存する日本最古の歌集といわれますが、書き写された文献資料であり、最古の写本は平安時代のものです。万葉集にある引用記事などから、万葉集より前に文字化された歌集があったことは間違いありません。一方で木簡には万葉集と同じ発音、同じ表記の歌は見つかっておらず、それらをどう考えるかが問われます。また古代の東アジアには「歌垣」という、歌を声に出す共通の文化もありました。民衆の中で行われていた「歌垣」が儀礼化し貴族層に取り入れられていく中で、万葉歌という文芸作品になった例があります。

武内氏

私は音楽学音楽史を研究しています。今回、和歌を文学ではなく「歌」として認識する新しい視点をいただきました。書かれたものから「音」を類推するのは難しいですが、木簡も貴重な音楽資料となりえるのではと思います。古代から歌と関わりの深い「琴」の歴史を説明しましたが、中国から楽器を輸入する一方で日本の歌をうたった経緯を考えても、日本的なものの背後にある中国の影響を認識し、「歌」と「音楽」を切り離さず考える必要を感じました。

パネルディスカッションパネルディスカッション2